【それぞれの戦い】③
「ここまでだ、魔神将――【葬送】のマグミット。
ボク達の力を甘く見た……それがお前の敗因だ!」
返り血で全身を染め上げながらも、毅然とした面差しを崩さずシアは叫んだ。
しかし――その声には疲労の色が濃く滲み出ており、哀しいまでに掠れている。
彼女に追随するルゥやカエデ、ミズキも同様に血に塗れ困憊していた。
無理もあるまい。
闘技場を埋め尽くす魔獣の主であるマグミットを追い詰める為、ガリウスの指示を受けた彼女らは死力を尽くしたのだ。
主であるマグミットを守るべく立ちはだかる、敵、敵、敵。
彼女らの背後には強大な力を持つ魔獣の躯が屍山血河となり積み重なっていた。
襲い来る魔獣の悉くを打倒してきたシアらだが、その代償は予想以上に大きい。
身を護る武具は破損し、常時回復の祝祷術でも癒しきれない傷から流れる出血により体力は徐々に失われていく。
だが――瞳に宿る意志の光は変わらない。
溢れんばかりの闘志を秘めた双眸は、鋭く的確にマグミットを射貫く。
人心を弄ぶ事を喜びとするマグミットにとってそれは不快以外の何物でもない。
「非常に鬱陶しいのですよ、勇者殿。
貴女や魔神殺し殿の様な存在がいるだけで、弱き人族が俄か活気付く。
汚れきったこの世界に住まうというだけでも不浄に等しいのに……
目障りで仕方ありませんね、ホント。
かくなる上はわたくし自らが手を下すとしましょう。
だから――さっさと滅びろ、下等生物が!」
装っていた仮面を脱ぎ捨て醜い本性を剥き出しに激昂するマグミット。
相対するシア達は冷静に対処する。
距離を置いての射撃戦。
ここでまずルゥが【気候操作】を発動する。
「わんわん!」
吠え声と共に出現したのは一抱えもある無数の氷柱だ。
ルゥはそれを強風に乗せて凄まじい勢いで射出する。
渦を巻き周囲の空気を貫くそれは最早一流の魔術師が扱う【氷嵐】に近い威力。
ここ半年で急成長したルゥの力は成体並……どころか階層主であった過去からか下手なボスクラスまで増大している。
今しがた使っているのも精神力や代償を必要とする【魔術】ではなく、恒常的に発動可能で消費をしない【スキル】だというのだから恐れ入る。
四大元素系魔術要員が増えた恩恵は大きく、パーティ戦術にも柔軟さが増した。
これでまずは一手、その後にカエデの狙いすました投擲術による急所狙い。
最後にシアとミズキが直接戦闘で暴れ回る……というのがここ一連の戦いで形成された必勝パターンであったのだが――
「何とっ!?」
「し、死体を操っている!?」
驚く一同であったが、カエデとミズキの指摘通りであった。
数多の氷柱がマグミットに突き刺さる寸前、倒した筈の魔獣らが高速移動。
まるでマグミットを護る盾のように起立し蠢いている。
最初は対象をアンデッドにし自在に操るネクロマンサー系の技かと警戒するシア達だったが、魔獣らの瞳に意志は無く死者特有のオーラもない。
ただ操られているだけだ。マグミット目掛けて。
集った肉塊に埋もれていくマグミット。
不気味に律動をし始めたそれらの胎内からマグミットの喜色を湛えた声が響く。
「わたくしは常々考えているのですよ。
貴女らのように地に蔓延る害虫共を効率的に排除する方法を。
魔獣を扱うのもその一環です。
自ら手を下すのも厭いませんが、人族の中には手強い輩もいましてね。
思わぬ反撃で時に傷つくリスクがある。
わたくしの理想――それはね、自分の肉体は一切傷つかず、
強大な力を思い通り動かせて、
なおかつ一方的にいたぶれる……
そんな能力なのですよ」
「さ、最低の発想でござる……」
「同意せざるを得ない」
「わんわん」
「率直に頭がおかしいよ」
「その果てに生まれたのが、この【魔獣鎧装】です。
死した魔獣らを素材とし自身の力へと変換する。
幾らダメージを受けても死体ゆえに効かず、死体ゆえに疲れを知らない。
勿論、魔獣らの固有能力はそのまま。
しかもこの躰に触れれば新たな血肉となる。
これこそまさに魔獣使いの究極奥義!」
ドヤ顔ならぬ(死体に埋もれて見えぬ為)ドヤ声で勝ち誇るマグミット。
死体は既に死んでいる、故に殺せない。
確かに脅威であったが――マグミットは気付かない。
浅はかな勝ち誇りをあげた時点で、自身の敗因が決定した事を。
「エゴイズムの境地というか……我が身可愛さゆえの保身さに呆れて物が言えないけど――まあいいや。決めるよ、皆」
「あん!」
「了解でござる!」
「例のヤツだな、心得た」
「何をごちゃごちゃと、くっちゃべっている!
平伏し畏れを以て死を賜れ下等生物共が!」
出来の悪い臓物混じりのカリカチュアと化したマグミットが動く。
躰から浮き出た口から劫火が、
躰から突き出た爪から猛毒が、
躰から飛び出た翼から烈風が、
周囲を省みぬ全方位に向けて放たれる。
無差別なその攻撃は局地的な災厄とでも称されるべき威力で周囲を覆い尽くす。
だからこそシア達にとって絶好の機会でもあった。
「ルゥ、お願い!」
「わん!」
シアの意向を受けてルゥが大地を隆起させ防護障壁を展開――同時にシア達の姿を覆い隠す。
微塵も警戒せず攻勢を続けるマグミット。
強手は常に手数を上回る……故に攻撃を続けることは正しい。
惜しむべきは何の為に張られた障壁だったかまでを思い至らなかった点か。
次の瞬間、マグミット目掛けて殺到するのは灰色狼の群れ。
ルゥのスキル【眷属召喚】によって招かれたモノ達だ。
咆哮をあげた狼らは次々とマグミットの巨体に猛攻を仕掛ける。
だが噛みつく為に引っ掻く為にマグミットに触れた狼達は抵抗すら許さず次々と吸収されていってしまう。
それでもルゥは眷属を召喚しマグミットへ向かわせた。
「馬鹿め――先程も言っただろうが。
この魔獣使いの究極奥義躰に触れれば糧となるだけ、と!」
悦に浸るマグミットだったが、その声に急遽苦悶が混じる。
順調にいっていた吸収――その中に異物感を覚えたのだ。
「これは、貴様ら何を……」
「毒でござるよ」
凄まじい速度で残像を残しながら作業に取り掛かるカエデがマグミットの疑問に対し事も無げに答える。
「毒、だと……?
既に死んでいるこの身に効く毒など、ある訳が……」
「ああ、それは拙者らも重々承知。
だからこそお主の身体を【蘇生】させるべく狼の身体を媒介に活力を与え続けていたのでござるよ。
死体にすら偽りの生を吹き込む――始原の生命体由来の毒を以て」
「なん……だと?」
嘯くカエデが手にした苦無に塗られているのはショーちゃんことショゴスの体液である。これを高速で動き召喚された眷属らに付着させた上で融合させたのだ。
始原の生命体が持つ生命力は凄まじく、付着した生物の新陳代謝を異常に活性化し遺伝子情報すら出鱈目に書き換えてしまう。
死体すら束の間、蘇らせるほどに。
そうなればどうなるか?
死体は死んでいる――ゆえに死なずに殺せない。
だが――仮初めでもギリギリの状態で蘇れば――
それはただ瀕死に窮した生物の寄せ集めでしかない。
シア達が撃破した際の傷が凄まじい痛みとなって融合したマグミットを襲う。
「ぐあああああああああああああ!!
き、貴様ら! このわたくしがお前らの様な下等生物の――」
「言う事がテンプレ過ぎてつまらんな。
御託は聞き飽きた……潔く散れ、魔神将!」
隆起させた地面を連結させ繋いだトンネル。
その下から飛び出たミズキが【狂戦士化】を発動。
全身の筋肉を怒張させ戦闘力を倍加させた大斧から繰り出された一撃が、小気味なほど軽快にマグミットの纏う死体を吹き飛ばし本体を露出させる。
「な、こんな馬鹿な!
痛みを感じず一方的に弱者を嬲れる究極の奥義が、こんな事で――」
「生物は痛みを知るが故に臆病になる。
けど人は痛みを知るが故に――誰かに優しくなれるんだ!
そんな事すら分からないお前に、明日は無い!
右手で魔術【ホーリーライト】左手で闘技【クロスエンゲージ】。
魔法剣――【シャイニングクロス】!」
「がああああああああああああああああ!!」
シアの放った断罪の十字がマグミットに刻まれ――
抵抗する事すら赦さずにその肢体を灰塵と化す。
勇者の名は伊達ではない。
単体攻撃力は最強でパーティ随一なのである(ガリウスは瞬間最大火力担当)。
かくして王都に混乱をもたらそうとした魔神将の企みはその体ごと塵と散った。
「行こう、皆。
魔神将は滅びた……けど、解放された魔獣はまだ残ってる――」
「わんわん!」
「ああ」
「そうでござるな」
ガリウスの指示であった魔神将の撃破。
充実した達成感を得ながらも、残心を怠る事なく次なる戦場へと駆け出すシア。
その後を晴れ晴れとした顔で追走する二人と一匹。
負けられない戦いは続いていく。




