【それぞれの戦い】②
「弓隊、二射斉射!
その後は槍隊、縦列突撃三連!
足場は悪いが後れを取るなよ!」
「隊長――それでは負傷者続出です!」
「臆するな!
我らには守りの女神がついている!
彼女らがいる限り負傷者については心配ない!」
「了解!」
押し寄せる魔獣の群れに必死に抗う兵士。
三本首の金色飛竜や火を噴きながら回転し暴れ回る大亀など、お伽噺にしか出てこないような魔獣たちが跳梁跋扈する地獄の戦場。
圧倒的戦力差を数で補うべく招集された彼らだったが成果は芳しくない。
何故なら、彼らは第一線で働く兵士達ではないからだ。
アルやクリスなど鍛えられた騎士が率いているものの、現役を退いた者や予備役に就任した者など 荒事専属を日常とする者ではないのである。
しかし――だからこそ彼らは懸命に戦っていた。
家や故郷で待つ家族。
ここでこの恐るべき魔獣らを逃せば、守るべき人々に牙を剥くのは必定。
なればこそ己の命を懸けてでも堰き止めてみせるという覚悟があった。
力は及ばずとも心は折れず。
個々が団結すれば届かぬ刃などないのだから。
使命感に燃える兵士。
何より彼らには怪我を負っても助かるという安堵感があった。
「こいつを頼みます!」
「うむ。ここは引き受けた。
安心して復帰するがいい」
「はい!」
「原隊までの突破口は私が切り開きます!
遅れないよう連いてきてください!」
「了解!」
怪我を負った僚友を横たえた兵士に力強く声を掛けるミカサ。
襲い来る魔獣を物ともせず押し返す大盾は兵士らの眼に堅牢な城として映った。
実質スキルによって集団防御に徹したミカサを抜くのは至難の業である。
王族を護るべく自らを鍛えあげた【護士】の名は伊達ではない。
兵士らは頭を下げると戦場へ戻るべく駆け出す。
そんな彼ら及び治療を終えた者の警護を担うのは【剣姫】セリスだ。
原隊への復帰という一番危険な瞬間に付き添い、誰もが見惚れるその華麗な剣技で突破口を開いている。
「はいはい、じゃあ順番にこちらを飲んで。
ああ、あんたは血止めが先だからまずこの草を傷口に」
負傷兵の治療を一身に受けているのは【燎師】ズールである。
聖女を除く祝祷術の使い手は、現状としてこの魔獣らを閉じ込める結界に掛かり切りである。
魔神将だけでなく魔族すらも逃さないよう全身全霊を振り絞っているからだ。
そうなると深刻なのは治療役不足なのだが、そこをズールが受け持った。
固有領域を展開させ安全圏を確保、さらには森の神秘である霊薬【エリクサー】を用いた治療を行っているのである。
術者の心象風景を投影した領域内は常識が通用しない。
高価で貴重な霊薬を無尽蔵に扱えるのは【そういったもの】であると、ズールが認識しているから。
領域内にしか存在しないとはいえ、霊薬は怪我を癒すだけでなく失われた体力や魔力すらも回復させる。しかも領域故に望まぬ者は立ち入れない。
戦場にできた安全圏である彼の下へは負傷者が次々と運び込まれる。
無論それをよしとしないのは魔獣らも一緒である。
目障りな回復役を潰すべく領域干渉を仕掛けようと殺到するが、その悉くが躓き転び地べたを這い回る。
何が起きたか意味不明といった形相を浮かべる魔獣。
あまりにも速過ぎて自身の身体を支える神経を斬られた事を認識出来ていない。
謎の攻撃の正体は瞬動術を連続発動させている【聖騎】シャリスであった。
倒すのが目的ではなくあくまで足止め。
その速さを以てひたすら斬撃を脚部に集中させ動きを封じる。
憂いや心配はない。
彼にはこのトーナメントを通じて知り合った、頼りになる仲間がいるのだから。
「GAAAAAAAAAAA? GYAAAAAAAAAAAAA!!」
装甲の薄い眉間を正確に貫かれ苦悶する魔獣。
次々と撃ち込まれる銃弾の前に案山子のように立ち尽くし絶命する。
「有象無象の区別無く――
私の弾頭に外れという許しはないわ」
真の獣使いの神髄を見せてやる、と奮起するのは【銃士】セーリャである。
高台を確保し愛銃を構え次々と狙撃を繰り返す。
姿を見せた狙撃手を葬るべくこちらにも魔獣が押し寄せるがそれこそ罠。
達人である【闘鬼】シブサワや暑苦しくも頼もしい【拳帝】ヴァルバトーゼ、更には彼に弟子入りした【狼皇】テリーらが魔獣を狩り尽くす。
シブサワ曰く【釣り野伏】と呼ばれる手法らしい。
そうして放たれるドラナーの極大紅蓮の召喚魔術。
魔獣らの軍勢にぽっかり空いた隙間を疾風のように一人の幼女が駆ける。
「残念だけど……これで終わりだゾ」
伝説の首狩り兎のように鮮やかな跳躍。
抜き手も見せぬまま振り抜かれたのは影の大鋏。
影ゆえに重さはなく、影ゆえに自在に伸び、影ゆえに一瞬で終わる。
眷属による盾を物ともせず切り裂いたその斬撃は小象程もある【昏き湿原の主】ベルゼビュートの巨体をただ一撃で打ち滅ぼす。
正面から暗殺を仕掛けるという規格外の暗殺者【殺師】シャドウ。
その本領発揮であった。
「これで飛行系は対処可能デ、どうにか互角カ……
でも、休んでいる暇は無いナ」
流れる汗を拭いながら嘯くシャドウ。
無茶な改造を施され体躯の小さい彼女は体力の無さが弱点である。
だが泣き言を言っている余裕はない。
自分の力を必要としている者は沢山いる。
お人好しでうだつの上がらない主に呆れながらもシャドウは誰かを殺す為でなく誰かを生かすために振るう自らの技に昂揚を感じていた。
負けられない戦いは続いていく。




