おっさん、思わず当惑
「来て……本当に来てくれたんですね。
急な誘いだったというのに」
「そんなの当たり前でしょう。
大恩あるガリウスちゃんのピンチだもの。
何を差し置いても駆けつけるに決まってわ」
「水臭いのである。もっと頼ってくれて良い。
お主をS級に推挙したのは吾輩らなのだから。
それに勇者であるシア嬢が直接来られ要請したのだ。
吾輩らを招集するに十分な名義である」
「ありがとうございます……本当に」
油断なく樫名刀の切っ先をシェラフィータに向けながらも……俺の両隣に現れた二人に対し俺は心から感謝を述べる。
闘技場における魔族魔神連合による襲撃に備えた最後にして最大のパーツ――
俺の知る最高の前衛が駆け付けてくれた。
自分で手配をしたとはいえその事に対し深い安堵を覚える。
実際これは賭けだった。
今回、具体的な敵の能力までは【神龍眼】の力でも読み取れなかったが――直接戦闘で遅れを取ってしまっている状況は辛うじて把握できた。
勇者であるシアもいるので攻撃力に不安がある、即ちアタッカー不足ではない。
単純に奴等の攻撃を捌き防ぐタンク不足なのである。
以前述べたかもしれないが攻撃一辺倒では雑魚狩りをするならともかく、強大な敵を相手にする際に緩急をつけれずに……いずれ破綻する。
耐久力の高い対ボス戦は常に有酸素運動し続けるようなものだからだ。
無呼吸連打は短期間は有効だが長期戦になった場合、必ずリバウンドする故に。
だからこそ信頼のおける前衛がこの戦いには欲しかった。
しかし相手は魔族――かつては真族とも呼ばれた神々の眷属の一員である。
災害級の怪物を討伐するのとは勝手が違う。
そんじょそこらの戦闘職では攻撃を防ぐどころか足手纏いになりかねない。
なので俺が知る限り最高の前衛である二人を招きたかった。
回避盾役、【隠形】のヴィヴィ。
鉄壁盾役、【粉砕】のブルネッロ。
共に【降魔の塔】に挑みその実力を把握しているので、その信頼は絶大だ。
とはいえ現実問題、二人をこの闘技場に招くのは難しいと言わざるを得ない。
二人に限らず、S級ランク冒険者は現在可能な限り最北の地に招かれ対魔族戦の要として戦っている。
伯爵経由でのコネクションがあるミズキとて、通常なら援軍要請をしたところで取り付く島もなく却下されるだろう。
だが――シアがいれば話は別だ。
滅多に権威を振りかざす事はないが、勇者の持つ権限はかなり大きい。
短時間なら二人を戦域から招集する事を可能にするぐらい。
実際ひと悶着あったらしいが――何とか間に合ってくれたようで何よりだ。
これで後顧の憂いはなくなった。
全力で子爵級魔族であるシェラフィータに挑むことが出来る。
さらに嬉しい誤算として――
「お二人が来られたという事はもしかして……
以前伺ったあの人も来てるのですか?」
「ええ、来てるわよ。残念なことに」
「うむ。とっくに療養を終え現役復帰しておる。
今日もいらぬ、というのに無理やりついて来た」
「ええっと、その……どちらに?」
「それはね――」
二人の同行者――先の戦いでは遂にお会いできなかった人物についての所在を尋ねた俺に、何故か言い辛そうに言い淀む二人。いったい何が?
真意について尋ねようとした次の瞬間――
「フハハハハハハハハハハハハハハ!
そこまでだ、邪悪なるものどもよ!
天知る地知る人ぞ知る……悪を斃せとあたしを呼ぶ!!」
闘技場全体に、快活な笑いと共に断罪の声が響き渡る。
「誰だ!?」
「新手の魔族か魔神か!?」
「しかし聖女の結界が張られているのに――」
「いや、見ろ。あそこだ!」
ざわめく兵士らが指し示す先――国旗などを掲げるポールの先端。
そこには何というか……純白の法衣を纏った一人の少女が、太陽を背に不可解なポーズを決めていた。
顔を見合わせ、胡乱げに上を見上げる俺達。
何故、不意打ちの機会を自ら逃す?
何故、乗り降りに大変そうなポールの上でポーズを決める?
皆の疑問の視線を壮絶に無視しながら少女は高らかに宣言する。
「悪に染まりし哀れなる魂達よ!
汝らが所業、赦されざるものなり。
大いなる存在に成り代わり――このあたしが成敗する! とう!」
言い様、ポールから飛び降りる少女。
落下しながら何らかの術を使おうとしたのが見えたが――
ゴキッ!!
と凄まじい音を立てて頭から観客席に突っ込んだ。
っていうか、間に合わないなら術を使ってから飛べばいいものを……
あまりの事態と云えばあまりの事態に、俺達のみならずあのシェラフィータすら制止して動向を窺っている。
まあ普通なら罠か何かと思うわな。
当の少女は何事もなく立ち上がると、埃のついた法衣を手で払う。
そして――
「えへっ★ 失敗失敗」
と指を顔に揃え微笑み舌を出す。
かなり可愛らしい顔をしているのでよく似合うのだが……
首があらぬ方を向いてるので、かなりヤバい構図である。
っていうかアレ、致命傷じゃないのか?
その少女を見詰めながら溜息をつくヴィヴィとブルネッロ。
思わず圧倒されながら呟いてしまう。
「何だ、アレ……
新手の芸人か何かなのか?」
「ああ、ガリウスちゃん。
すっごく言い辛いんだけど……アレが例のアスナちゃんよ」
「え?」
「前に話したであろう。
吾輩らが守護する教団三聖女が一人、日輪の聖女である。
いつもしでかす愚行の御守り役で苦労しておる」
「ホントよね(溜息)。
いい歳して英雄願望がある、イタい娘なの。
直視しない様、鏡の反射等を用いて見てね?
最悪羞恥心が決壊し悶絶するから」
「こら、ヴィヴィ!
せっかくあたしが助けに来てやったのに、何だその言い様は!」
「頼んでないわよ!
大体、対魔族戦の法術支援はどうしたの!?」
「姉様に頼んできた!
こんな面白そうな事態にあたしを呼ばないなんて、何てこと!」
「お主が来ると余計に事態が拗れるのである!
っていうか、被害が倍増するので早く帰るが良い!」
「ウルサイわ、ブルネッロ!
そこに悪がいて、弱き人々がいる限り――あたしは諦めない!!」
二人の説得にまったく耳を貸さないアスナ。
あかん。
駄目だ……アレは意思の疎通が取れない生き物っぽい。
「あたしの名はアスナ! アスナ・レーヴィアタン!
断罪の刃を振るいし者にして悪を屠る者。
愛を無くした哀しき者達よ!
神の恩寵をこの手に、その威光を思い知らせてやる!」
満足げな笑みを湛えながらアスナは再度ポーズを決める。
凍結したように空気が凍る闘技場。
意味もなく光る瞳と口元が原理不明である。
顔を見合わせ当惑する俺と先生。
マジで意味が分からん。
渦中の人物はフィーと双璧を為す教団三聖女が一人、日輪の聖女アスナ。
彼女との出会い――っていうか遭遇は、こんな感じで始まった。
まあ人柄はともかく、その法術の腕前が確かなのは間違いない。
回復・支援役は一人でも多い方が良いからな。
弛緩した空気を打ち破る様な鬨の声と、応対する魔獣共の咆哮と共に――
人族の趨勢を懸けた戦いが再開されるのだった、




