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おっさん、解説をする

「ば、馬鹿な……

 いつから――いったい、いつから成り代わっていたというのだ!?」


 眼下で起きた光景を信じられないとばかりに叫ぶマグミット。

 先程までの勝ち誇った愉悦顔(骸骨面なのにはっきり分かった)を変貌させ、醜い本性を剥き出しにしながら困惑している。

 まあ無理もあるまい。

 渾身の策謀――王都の脅威、賢王リヴィウスを討つという企み。

 99パーセント成功したかに思われた必勝の策が予想外の結末を迎えたのだ。

 当惑しない方が難しいだろう。

 策士策に溺れるとは良くいうが、こういった事態を想定できなかったらしい。

 どんな事もそうだが……自分の思い通りにいっていると思った時こそ危険であり最善の注意を払わなければいけないのに。

 肉体的に精神的に強靭な奴等はこれだから楽だ。

 なまじ自身のスペックで何事も対応してきたから……いや出来てしまった故に、想定外に弱く最後の詰めが甘い。

 イレギュラーな事柄に対し、どうしても一歩対処が遅れる節がある。

 人間は違う。

 弱く、儚いが故に……どうすれば良いかを常に思考錯誤し続ける。

 考える事を放棄した時点で勝敗は決するのだ。

 そんな俺の独白が届いた訳ではあるまいが……動揺するマグミットに対し始めて感情のさざなみを浮かべ、シェラフィータが口を開く。


「笑止。

 所詮は一の策が不発に終わっただけの事。

 ならば二の策へと繋げれば良い」

「!! ……ええ、まったくその通り。

 わたくしとした事が無様な姿をお見せしてしまいましたね。

 謝罪致しますよ、シェラフィータ殿」

「了承。

 言葉はいらぬ……行動で示せ」

「ええ、畏まりました。

 フフ……魔神殺し殿。

 どのようにわたくしの策を察知したかは知りませんが、王の身代わりを立てるという貴方の対処は見事。

 しかし――これは想定できないでしょう?

 わたくしの躰に眠る666の魔獣解放。

 魔獣使いであるわたくしが永年丹寧に懐柔しモノにしてきた、可愛い奴等です。

 首尾よく王を抹殺した後はこれで蹂躙する予定だったのですが……

 まあ、いいいでしょう。

 順番と過程が逆転しただけで結末は変わらない

 人族の都を血で染め上げ、王を弑するのも悪くありません。

 ねえ、どんな気持ちです?

 自分の策で窮地を凌いだ瞬間に絶望するというのは!」


 衝撃的な内容に慌てふためく俺の狼狽っぷりを見たかったのだろう。

 煽る様に捲し立てるマグミット。

 ふむ、化かし合いというか――茶番はここらで終了とするか。

 気を失ったアン王女が近衛兵に拘束され闘技場を去ったのを確認した俺は、意地の悪い笑みを浮かべているショーちゃんを見る。

 サムズアップで頷くショーちゃん。

 どうやら準備は無事整ったようだ。

 ならば――こちらも遠慮は無用。

 檻の中に閉じ込められた事に気付かぬ愚かな獲物を狩るだけだ。


「頃合いだな――

 やれ! リアにカエデ、そしてフィー!」

「――ん。了解」

「心得たでござるよ」

「――ええ、承りました」


 俺の指示に会場にいる三人の返事がいずこからか聞こえる。

 次の瞬間――世界が揺らいだ。

 数万人いた観客の姿が徐々に薄れていき……数千の屈強な兵士達へと。

 崩壊した闘技場の結界が上書きされ、悪しき存在を阻む強固な障壁へと。

 魔族と魔神を逃さぬ――必滅の牢獄へと変貌した。


「なっ――なん、だと……

 こんな、こんな馬鹿な――」

「おいおい、大丈夫かよ。

 おめえ……三下の悪役がよく言う「馬鹿な」を連呼してるぜ?」

「う、うるさい!

 何故だ――何故、こんな戦力がここに!?

 いったい、いつ――」

「最初からだ」


 先生の呆れ声に余裕なく声を荒げるマグミットに対し、俺は厳かに告げた。

 言われた内容が理解できないのか、表情のない骸骨面が戸惑うように揺れる。


「――はっ?

 最初、から……?」

「そうだ。

 魔族がこの時、この場で事を及ぼすのは――予想できたし予見出来た。

 最高のデモンストレーションだよな?

 人族の御旗――王と選定された勇者らを民衆の前で抹殺するっていうのは。

 仕掛けてくるのは容易に予想できたよ。

 俺の懸念事項はお前ら魔神の存在だ、マグミット。

 単純明快――力はあるも策を廻らせることを知らぬ魔族の力押しなら凌げる。

 ただ……そこにお前ら魔神の策謀が絡むとややこしくなる。

 狡猾なお前らの事だ、思わぬ事態に足を掬われるかもしれない。

 なので――襲撃自体を防ぐことは諦めた。

 どれだけの叡智を以てしても、同様の過程は免れない。

 ならば――結果だけは違えてみせる。

 実際助かったよ、今回指揮を執っていたのがお前のような間抜けで。

 策士気取りの馬鹿が一番扱いやすいからな」


 言ってることは本当だ。

 俺でなくとも多少なりとも頭の回る人物なら同じ事を考えるだろう。

 輝かしい功績を示す場が一転し、絶望の場へと変じる。

 心を折るのに一番有効な手段だ。

 これに加え、実際は【神龍眼】で垣間見た光景を基に対処を練った。

 発狂しそうな頭痛を堪えて俺が識り得た未来――

 それはあまりにも陰惨な未来だった。

 魔族と魔神の降臨。

 動揺する観客を鎮めようとした王の突然の死。

 混乱の渦中に始まる魔獣らによる狂乱の宴。

 鮮血と苦悶の怨嗟に沈む王都。

 痛ましい光景と描写に吐き気を超えて怒りすら覚える。

 けど――これに対応できるのは限定的とはいえ未来を識る俺だけだ。

 ならば立ち向かわなくてはならない。

 まず最初に行ったのは伯爵とレイナに対する交渉と相談。

 俺が龍神から授かった神秘【神龍眼】の力を開示し信用を得た。

 半信半疑だった二人だが――未来をピタリと的中させる【神龍眼】の前に、納得せざるを得なかった(賭け事に使わされたのは秘密だ)。

 そうとなれば話は早い。

 顔の広いミズキに動いて貰い冒険者ギルドへ伯爵認可の依頼を発注。

 近隣のランクA以上の冒険者に対する半強制招集。

 並行して軍余剰戦力の動員を行い、今回の討伐に必要な戦力を掻き集めた。

 ではいったいいつから、皆が入れ替わっていたかといえば――

 これは実は大会二日目からである。

 初日は様子見を兼ねた少数の関係者を除き、一般人のみの参加。

 当初の予定通り民衆に対して武威を示した。

 口コミの力もあり効果は上々といえよう。

 そして迎えた本日。

 リアの掛ける【完全なる幻影】で人数を嵩増しし――

 目立ってしまう各自の完全武装の装いはカエデが扱う忍術で化身させた。

 狙われる王については事前に王へと事情を話し、了承を頂き成り代わっていた。

 S級昇格者は昇格時に良識的な範囲内で一つだけ希望を叶える事が出来る。

 時に有望な仲間だったり強力な秘術や武具だったりを希望する中――

 俺は王への個別的な謁見と影武者の用立てをお願いし、了解を頂いた。

 親父絡みで信頼があったせいか、すんなり納得して頂けたのが幸いか。

 アン王女についても今回の件を不問にするどころか、周囲の者達による関わりを改善するとも約束してくれた。

 そして最後にフィーら教団関係者による結界の再構築、再構成である。

 いるのは確かだが誰が裏切り者か分からぬ故、大会参加者には内密のまま。

 これにより圧倒的優位な立場が逆転、奴等は窮地へと追い込まれたのだ。

 さあ……こうなれば、あとはいよいよ袋の鼠を叩き潰すだけなのだが――


「人間風情が――よくもコケにしてくれましたね。

 いいでしょう……そんなに死にたいというなら数多の魔獣を従えるわたくしの力、とくと思い知れ!」

「賛同。

 全てを皆殺しにすればいい」


 反省も反論もなく殲滅へを舵を切るマグミットとシェラフィータ。

 まあ――そうなるわな。

 奴等の力はあまりにも強い……強過ぎる。

 これだけ優勢な場を作ってもどうにか互角といったところか。

 でも――可能な限り場は整えた。

 ならばこの機会を逃さず戦うのみ。

 やり直しの利かない――何より絶対に負けられない魔戦はこうして始まった。





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