おっさん、疑問に思う
その声が聞こえた時――俺の脳裏を最初によぎったのは、軍服にも似たローブを纏った黒衣の青年の顔だった。
運命を嘲笑する外なる神の使徒。
俺と同質にして異なるもう一つの可能性。
全然違う声なのに――何故そう思ってしまったのだろう?
無意識下で俺は彼を警戒しているとでもいうのか?
って……戦闘中に何をやっているんだか、俺は。
加速された高速思考の中、思わず自嘲する。
戦いにおいて余計な思考は邪魔以外の何物でもない。
遅れを取らぬよう雑念を振り払い上空へと視線を向ける。
そこにいたのは闘牛士【マタドール】姿の男だった。
赤いマントをたなびかせ、宙に浮いている。
体格は立派だが……イケメンなのか、はたまた厳ついのか容貌は不明だ。
何せ顔がアンデットのような骸骨なのだから。
ただ不死者でないことは見え隠れする肌で分かる。
くすんだ青銅みたいな――魔神特有の青黒い肌である故に。
そいつは全てを見下すように眼下を睥睨している。
俺同様、前方の魔族への警戒を怠らないまま先生が問い掛ける。
「――何者だ、てめえは」
「これはこれは、とんだご無礼を。
わたくしは魔神皇様にお仕える十三魔将の一人……
葬るべき送り名こと【葬送】のマグミットと申します。
以後、お見知りおきを」
「おいおい……寝ぼけてんな、ボケ。
腐れ魔神共と長い付き合いになる訳ねえだろうがよ。
常に殺るか殺られるか……てめえらとはもっとドライな間柄だろうが」
「くっくっく……面白いお方だ。
さすがは剣聖――人の枠に収まらないようですね。
自身の目的の為には全てを投げ打ち切り捨てる……
その思考はどちらかというと我ら魔神や魔族に近いといえるでしょう。
いかがです、今からでも主旨替えしてみては?
シェラフィータ殿のお誘いに乗るなら厚遇しますが?」
「だから寝言は寝てから言え。
魔族と魔神が手を組んで何を考えてるんだか知らねえが――
オレがてめえらの仲間になる訳がねえだろう」
「あくまで敵対する、と」
「ああ」
「それは正義感からでしょうか? それとも隣人愛?
参考までに伺いたいのですが」
「そんなもん決まってるだろう」
より深く構えを落とし込みながら――先生が不敵に嗤う。
「てめえら(魔族・魔神)の方が斬り甲斐があるからだ」
「なるほど……大変貴方らしいお答えだ。
すみません、フラれてしまいました」
「承知。
別に構わぬ……所詮は下等なるものども。
崇高なる真族に似つかわしくない」
「確かに。
忌むべき存在である人族に情けを掛けるべきではなかったですね」
互いに話し合い納得する両者。
……こいつらはいったい何がしたいんだ?
襲い掛かってくるわけでもなく、ただ姿を見せただけ。
闘技場は大混乱で騒然としているがそれが目的ではあるまい。
まるで時間を稼いでいるような……
その時、閃光のように思考が煌めく。
「先生! こいつらの目的は――」
「一歩遅いですよ、魔神殺し殿。
もう――終わりました」
「きゃああああああああああああ!!」
奴らが現れた時とは別の、悲壮な悲鳴が響き渡る。
闘技場に設けられた貴賓席。
大陸都市連合を統べるランスロード皇国の王が鎮座する場。
そこではリヴィウス王が刺されていた。
鉄壁の魔導防御、屈強なる護衛が及ばぬ意識外の存在……
同席していた第六王女――ペティアン王女によって。
深々と刺された自身の胸を、信じられないとばかりに震えながら見下ろす。
心臓間近――即死しないのが不思議なくらいの位置に刺されたナイフ。
あれはトーナメントの勝者に捧げる儀礼用の短剣か。
警備の厳しい闘技場内、しかも貴賓席にも確かにそれなら持ち込める。
「王を詰めれば終わり――どこもそれは変りません。
わたくしたちによる即興悲劇は無事幕を閉じました。
今回の仕掛け全ては、まず目障りな人族の王を始末すること。
求心力を持ったかの存在は非常に厄介でしたからね。
侵攻の為には組織的抵抗を続けられても鬱陶しいので。
なので手頃な駒として最も警戒されない王女を洗脳し操らせて頂きました。
わたくしの異名……【想操】によって。
自由意思を剥奪し意のまま操る【魔獣使い】の秘儀の前には抵抗は無用
あっけないものでしたよ、本当に。
虐げられ抑圧された心の闇を解きほぐすのは赤子の手を捻るようなもの。
でもまあ、こうまで上手くいくと笑いがとまりませんね。
何せよこれで人族は御旗を失った。
残念ながら――貴方達の負けです」
「同意。
鬱陶しい抵抗を止め、必定の滅びを受け入るがいい」
ゲラゲラと、上品に取り付くっていた口調を歪ませ醜い本性を剥き出しに嘲笑をするマグミットに賛同するシェラフィータ。
そうか……マグミットは【魔獣使い】か。
自在に魔獣を使役し感知することが可能な特殊クラス。
ならばシェラフィータに現界出来る素体を提供できたのも納得がいく。
しかし……何でこいつらはこんなご丁寧に解説をしているのだろう?
分かりやすく大勢の前で。
そこのところを追及すると面白い結果がでるかもしれないが……
悦に乗ったその傲慢な態度が癪に障る。
なので、俺は黙って見ていた口を開き大声で呼び掛けた。
「待たせたな。
もういいぞ、ショーちゃん!」
「心得た、我が主殿」
胸を刺されたリヴィウス王の姿がぐにゃりと崩れ――
やがて7~8歳くらいの紅顔で厚顔な美少年の姿へと変貌し、天使のようで悪魔な笑みを浮かべ応じるのだった。
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次回はおっさんによる解説パート編です。




