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おっさん、慄き震える


「先生……」

「寄るんじゃねえ、ガリウス!」


 剣を支軸に老いた身体を引き起こそうとするイゾウ先生。

 騙し騙し霊薬で補っていたが、遂に最後の一線を越えてしまったのだろう。

 身体はまるで幽鬼のように痩せ果ててしまっている。

 見る者に震えをもたらした猛虎のごとき気迫も既にない。

 枯れ果てたその姿を見かねて駆け寄り支えようとした俺だったが……先生の怒声に制止させられた。

 そんな惨状の中でも眼が――異様にギラつく瞳だけが輝いていた。

 ああ、先生は変わらない。

 ――否、変えられない。

 だからこそ剣士としての自分を譲れない代わりに全てを投げ打つのだ。

 それは何と愚かしく滑稽で――

 それは何と誇らしく痛快な生き方なのか。

 神龍眼で垣間視ているとはいえ、これから起きる事は人として赦されない行為。

 でも――自己の研鑽に人生を費やした先生だからこそ、選び取った道でもある。


「燃えたよ燃えた、燃え尽きた……」

「先生……俺は」

「いい死合だった。

 人生の全てを集約し、振り絞る様な。

 全てを燃やして――残ったのは真っ白な灰のみだ。

 だがよ……まだ足りねえ。

 足りねえんだ、ガリウス。

 胸の内に燈る微かな熾火がざわめくのさ。

 奮い立て、魂を燃やせ! ってな。

 武人になるということは、止まらない列車に飛び乗るようなものよ。

 もう二度と降りる事はできねえ――負けて転がり堕ちるまでは。

 だからこれから起こる事に対し、手前は何も気に病まなくていい。

 全部儂の――いや、オレの我儘よ」

「先生、待ってくだ――」


 俺の返事を待たずして先生は手にした刀を振るう。

 俺と同じ稀代の名匠樫名が生み出した刀を。

 数多を斬り滅ぼし概念武装と化したその刃を。

 精度も手数もガタ落ちした切っ先が向かうのは、王都郊外に設けられた闘技場の結界と発生装置。

 長距離転移などを阻害し外界を隔てる最後の砦である。

 それが今――甲高い音を立てて崩壊する!


「さあ、約束は果たしたぜ――

 次はおめえらの番だ……魔族よ」

「承知」


 吐き捨てるように呟いた言葉と共に先生の足元から涌き出る水。

 くろくろくろいその水は波濤のごとくうねり――異形の魔へと姿を変えていく。

 水を媒介とした長距離転移。

 魔術演算や補助を必要としない鮮やかさな構築式は最早魔法と見紛う程。

 いや……伝承が真実ならば奴等は神々に匹敵する力を持つ。

 ならばこれも魔法の一種なのだろうか。

 出現したその姿に――俺は怖気と戦慄を隠し切れない。

 上半身は瞑想するように双眸を閉ざした、どこか儚げで美しき女性。

 ただし――肢体に蠢く巨大な八つの瞳を無視するのならば、だが。

 何よりその下半身が問題だ。

 全長5メートルを超える巨大な蜘蛛。

 鋼よりも堅い剛毛。

 外骨格に守られ爪の先端部は名剣を超える鋭さで闘技場の土台に食い込む。

 アルケニーに似て非なるその畏容――噂に聞いたことがある。

 こいつが依り代にしているのはまさか、悪名名高き魔晶湖の怪魔か!

 上位精霊に匹敵し得る、災害級を超えるレジェンダリークラスの妖魔!!


「栄えある真族108柱が、子爵【プリンシパリティ】。

 死せる水のシェラフィータ――ここに推参」


 造り物じみた容姿を崩さず玲瓏冷然と告げる魔族。

 子爵級魔族の現界。

 今――遂に王都は魔族の侵入を許してしまったのだった。







 止まらない列車に~の一文は三月のライオンから引用させて頂きました。

 自分でもどうしょうもないと自嘲するイゾウの悲哀が伝われば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 列車実用化してるんだ、その世界
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