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【二日目、第十三回戦】③


「んじゃ、まずは肩慣らしからだ。

 ここまで期待させたんだ……簡単にくたばってくれるなよ?」


 獰猛な笑みと浮かべたまま嘯くイゾウ先生。

 握りが卵を持つように緩やかになり踵が地を滑る様に僅かに浮く。

 構えた剣先が向かう先は俺の身体。

 正中線をなぞる様に視線の刃が通り過ぎる。

 実戦に派手な技は必要ない。

 切っ先三寸を急所に潜り込ませれば人は死ぬ。

 剣士の究極、それは死を呼ぶ線――死線を自在に描く事なのだから。

 まるで時が静止したような静寂と時が圧縮されたような濃密な時間経過。

 武に身を捧げた者のみが持つ生き様……それが今、刃と化す。

 瞬間――閃光の様に煌めくのは右袈裟懸けの斬撃。

 躊躇なく心臓を狙うその一線を考えるより速く緊急回避。

 後退でなく前進、死中にこそ活路はある。

 右半身を寄せ間合いに踏み込み、返す刀で左一文字斬り。

 無論そんな返しは予想済みなのか、手首のみで軌道変化した凶刃が無防備な腹を晒す俺の脇腹目掛け唸る。

 だからなんでデバフを受けてバフ状態の俺より速いんだよ!

 悲鳴に近い驚愕の叫びを抑え込みながらも瞳の中の王国の精度を向上。

 掌握領域内の重力、空気、ベクトルを改変し勢いを殺す。

 しかしそれでも神速ともいうべき勢いは留まらず俺の胴へと吸い込まれていく。

 なので俺は自身の攻撃を断念、脱力するように地へと伏せる。

 頭上を通り過ぎる死神の手招きのような斬風。

 逃げ遅れたボサボサの髪が数十本、宙に舞う。

 うお! 禿げの系統ではないとはいえ……中年には貴重な髪をよくも!

 冗談めかして茶化さないと折れそうに心を鼓舞。

 前方に宙返りしながら剣聖へ牽制の蹴りを放つ。

 当たれば大木とてへし折る必殺の蹴打だったが、不安定な状態から放った蹴りなど避けるまでもないらしい。

 柄から離した左手が閃き俺のブーツ底を迎撃、跳ね飛ばす。

 着地した俺は残心を怠らず警戒。

 ふむ、追撃はないらしい。

 互いに向き合うと俺達は間合いを取り合い構え直す。

 靴底を殴った拳に息を吹き掛ける真似をしながらも、先生は上機嫌だった。


「お~痛ぇ(ふーふー)。

 最近の若いのは老人相手に手加減ってもんを知らねえな」

「何を仰ってるんだか。

 今も一撃での決着を狙ってきたくせに……本当にタチが悪いですね」

「あん?

 てめえだって足癖が悪いじゃねえか」

「先生程じゃありませんよ。

 まったく当身でも十分強いって性能がバグってませんか?」

「極める打つ投げる。

 寄られて戦えなくなるようじゃ剣士とは言わねえわな。

 でもまあ――合格だ、ガリウス。

 並の遣い手なら最初の一刀で片が付く。

 儂に文字通り手を出させた時点で大したもんだ。

 ……本気を出す価値はあると判断した」

「よろしいんですか、先生? 俺相手で」

「もう……後がねえんだよ。

 ならば不肖とはいえ、かつての教え子に剣を叩き込んでやろう。

 最後の教えだ……敗北と共に受け取りな」

「教えは受けますが敗北はお返しします」

「ちっ……可愛くねえ奴だな、おい」

「先生に比べればマシです」


 苦笑を浮かべた俺達は心穏やかに向かい合う。

 先生は【最後の対人相手】として俺を選んだ。

 ならば結果はどうあれ――心ゆく(逝く)まで付き合うのみ。

 闘気が熱くうねりを上げ、思考は透き通り冷たく冴え渡る。

 明鏡止水の境地。

 そして――躍動。

 発動するのは斬殺領域【剣圏】。

 先生の捉える視界内、全周囲から同時に襲い掛かる無数の刃は脅威の一言。

 しかし――相手が悪い。

 対抗するのは掌握領域【瞳の中の王国】。

 俺の捉える視界内、全力で発動を妨害――更に前衛究極闘技【気と魔力の収斂】すら稼働させ迎撃に向かう。

 襲い来る刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃。

 死を招く斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬。

 先生の異名【千刃】とはまさにこの事か。

 視界に華開く数多の絶望の権化。

 考える余裕はない。

 自身をただ一振りの刃と化して捌き続ける。

 ただ――それでも完全には防げない。

 打ち漏らした刃が俺の全身を掠め……致命傷ではないも少しずつ傷つけていく。

 このままでは出血多量での敗北は必須。

 だが今はひたすら耐え忍ぶしかない。

 そして――望んだ好機は遂に訪れた。


「ぐふっ!」


 血を吐きその場に膝をつく先生。

 この一瞬の攻防でその身体は急激に瘦せ細り――まるで枯れ木のようだ。

 身体の限界――服薬していた霊薬の効果が切れたのだろう。

 時間をかければこうなる事は予想できた。

 その上で俺達は互いに了承し、刃を交わした。

 自身の持つ技量はおろか――心技体をここまで解放する事はそうあるまい。

 戦士として剣士として夢のような至福の一刻。

 決着をつけに行くべきか迷う程の。

 刹那にも満たない躊躇の中、俺を見上げる先生の瞳と交わる。

 渇望にも似た飢え。

 ああ、そうだな。

 それが貴方の望みなら――そうするべきだ。

 

「魔現刃――」


 放った魔現刃が先生の体躯を無慈悲に打ち据える。

 抵抗も出来ず倒れ伏す先生と乾いた音と共に割れる還命の宝珠。


「準決勝、勝者ガリウス!」


 どこか遠くの方で興奮した司会の声を聞く。

 しかし俺は残心を怠らず先生へ近づく。

 ピクリとも動かず、仰向けのまま視界の定まらぬ眼で空を睨み続ける先生。

 俺の姿を横目に捉えると独白する様に呟く。


「なんだ……負けちまったのか」

「ええ、先生の負けです」

「そうか……負け、か。

 全力を出した……出し切った。

 それで負けちまったらよ……こりゃ仕方ねえわな」


 身体が持てば勝敗はいったいどちらに転がり込んでいたのだろうか?

 神ならぬこの身では分からない。

 ただ先程までとは違い、自らの敗北を悟った老剣士の弱々しい自嘲の笑みが痛々しく――俺は先生を直視できなかった。






 剣聖、敗れる。

 次回から大きく物語が動きますのでお楽しみに。

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