【二日目、第十三回戦】①
「だ、第13回戦――
【英傑】ガリウス対【剣聖】イゾウ、始め!」
掌握している知覚域の遠くの方で今更ながら泡を喰ったように司会が試合開始を告げているのを認識する。
しかし雑音を捉えている余裕は無い。
現在の俺の意識は全て前方で刀を構えるイゾウ先生に注がれていた。
トランスに近い忘我の状態で先生の一挙一動に備える。
弛緩したような構えの先生から漂うのは濃密な死の気配。
師匠の様に圧倒的強者が放つオーラではない。
自分の至らなさを思い知り、それでも厭う事なく自身を磨き上げたてきた者だけが持ち得るブレの無い反骨心を軸にした屈強さ。
根幹にあるのは「敵を斃す」という苛烈な意志。
少しでも気を抜けば自分が一瞬にして敗れ去るのが分かる。
何故ならそれは俺自身の写し鏡だからだ。
彼女を喪った気持ちのまま武に身を捧げれば、おそらくこの領域に達していた。
何もかも斬り捨て……ただ高みへと昇る事を望む。
それはなんて幸せで――なんて悲しい生き方なのか。
武人として今の俺は、間違いなく以前より弱くなったと思う。
けれど――人としてはそれ以上に強くなった。
俺を支えてくれる多くの人たち……皆の想いを背負っているからだ。
だから俺は全力で先生を否定する。
それが弟子として出来る最高の恩返しだろう
とはいえ、相手は俺の人生の倍近くを武に注いできた化け物である。
クラスチェンジで得た力をフル導入して並び立てるか否か。
第10回戦で【拳帝】ヴァルバトーゼが瞬殺されたのは偶然じゃない。
博打に近いとはいえイゾウ先生にそれを為し得る力があったからこそ、だ。
俺とヴァルバトーゼにそこまで身体能力差は無い以上、きっと勝利を分かつのはプラスアルファの部分に違いない。
ジリジリと叩きつけられる身を焦がすような剣気に抗い間合いを測る。
先生クラスが持つ間合い、それは最早剣によって形成される結界だ。
対処を誤ればたちどころに斬り捨てられる。
まして先生のクラスは【剣聖】だ。
視認した全域を斬り刻むスキル、斬殺領域【剣圏】がある。
360度から同時に襲い来る刃を全て防ぐのは不可能。
ならば技の発生に合わせてこちらから割り込みを掛けるしかない。
目線とまばたき。
呼吸と息遣い。
筋肉と闘気の揺らぎ。
ありとあらゆるものを総動員して先生へ陽動を仕掛ける。
右袈裟懸け⇒返しで斬殺。
左下段足払い⇒返しで刺殺。
前方回転唐竹割り⇒返しで撲殺。
得られる情報を基に頭でシミュレートする仮想未来。
その悉くがロクな最後を迎えない。
俺の苦悩が伝わったのだろう。
イゾウ先生が口元を歪める。
「――おい、ガリウス」
「……何ですか、先生。
一応試合中なんですが」
「どうせ色々と小難しい事を考えてるんだろうがよ……
たまには我武者羅に掛かってきたらどうだ?
時には素直な思いに身を委ねるのも大事だぞ、おい」
「嫌ですよ――そんな見え見えの手に乗るのは」
「あん? どういう意味でぇ?」
「忘れたんですか?
先生の教えですよ……敵の言葉と誘いには乗るな、と。
大体そんな如何にも良い人生の先達風な言葉を戦いで諭す様なキャラじゃないでしょうが、先生は。
使えるモンは何でも使え。常に勝利へ貪欲になれ。
甘言で俺を惑わそうとするなら無駄ですよ――既に覚悟は完了済ですから」
「ちっ……バレてたか、可愛くねえ。
日和ってノコノコ近付いてきたら一刀のもとに斬り捨てる筈だったのによぉ」
「やっぱり」
「ったく、お前は儂の教え子の中で最も物覚えが悪かったが……
一番儂の教えを理解し実践しているな。
だからよ、遠慮することはねえ……使えよアレを」
「……良いんですか?」
「いいも悪いもねえ。
本気を出すって言うのはそういう事だろう?」
「――分かりました。
これに関しては俺もまだまだ調整不足……
ですが先生相手に温存できるほど甘くないのは承知してます。
だから……いきます!」
「おう、こいや」
俺の最終確認に獰猛な笑みを浮かべ応じるイゾウ先生。
剣士の戦いに遠慮は無用。
全身全霊こそが相応しい。
先生はこのトーナメントに自分の全てを懸けている。
ならば、俺はその先生の期待に報いるまで。
そして――俺は遂に完全に【開眼】させた。
このトーナメントの中で幾度も俺を支えてきた【神龍眼】……ではなく、消費の激しいその力を可能な限り落とし込んで現実的なレベルへと調整した俺だけの掌握領域――【瞳の中の王国】を。
作中で幾度か出ている【領域】ですが、これは勿論呪いで有名なアレ……
ではなく、今度アニメ化される「惑星のさみだれ」の方なんですよ。
〇〇領域! ってやる感じですね。




