おっさん、試合を観戦⑥
「いや~本当に参りやしたよ、旦那。
相手は歴代最高位に並ぶ力の持ち主とは聞いてやしたが――
まさかここまで歯が立たないとは……いっそ笑えるほどですねぇ。
あっしもそれなりに修羅場は潜ってきたんですが」
次の対戦に備え、早めに控室を出て入場口で待機していた俺に、今試合を終えたばかりのドラナーがすれ違いざま溜息混じりに愚痴る。
無理もあるまい。
召喚術師としてドラナーは南方地域で五本の指に入る遣い手。
それが子供扱いされたのだ……その無念は推し量れない程だろう。
第12試合、【召喚術師】ことドラナー・チャンと【魔人】ノスティマ・レインフィールドの戦いは一方的な展開になった。
試合開始と共に紅蓮の異名を誇るドラナーが矢継ぎ早に火炎弾を連続召喚。
爆炎に紛れて着弾を観測するよりも速く、自身の持ち駒で最高位ある炎の精霊王イフリートを召喚し畳みかけようとした。
されど――その全てが防がれた。
無防備に相対するノスティマの手によって。
正確にいえば、魔導書によって導かれた術式発動の演算記述に対しノスティマの用いた妨害構築式が割り込みを掛けのだ。
その結果としてドラナーの召喚術はその全てが意味消失、消え去った。
驚きながらもすぐさま次の対応を図ろうとしたドラナーだったが、瞬間移動の様に――いや、恐らくアレは実際【転移】だったのだろう。詠唱を必要とせずまるでラグが生じないそれを術式に含めるなら――掻き消え、ドラナーの背後に出現したノスティマの手刀を首に貰い撃沈。
最速の一撃でケリはついてしまった。
魔導書は古代のアーティファクトである。
幾重にも魔法陣を内包したその力は凄まじく、腕利きの召喚術師は一騎一軍に例えられるほど。
ドレスアップという属性防護服により使用者の身体能力は超人のように向上。
フォースフィールドという位階障壁により無敵の防御力を纏うようになる。
しかし忘れられがちだが……強大なる魔導書も所詮は古代魔導帝国の遺産、術式によって構築されているということ。
つまりもし仮に人外の干渉力を持つ術者がいれば――
その力の前には無力という事だ。
理論上、魔導書にハッキングを掛けて無力化することは可能とされてきた。
だが――人間の持つ処理能力と干渉妨害ではどう足掻いても不可能だった。
それをこのノスティマという青年はいともたやすく達成してみせたのだ。
あろうことかフォースフィールドもドレスアップも突破して。
ドラナーとて戦慣れし、魔導書の力に驕る事なく自身を磨き体術に秀でた歴戦の召喚術師である。
常に有り得ない可能性を想定し――俺同様どうすればいいかを模索する男。
そのドラナ―をして対応を読み切れず完敗せしめたのだ。
これはもう相手が悪かったとしか言い様がない。
「今は何を言っても気休めにしかならないだろうが……
お前はよくやったと思うぞ、ドラナー。
相手は神代の歴史を持つサーフォレム魔導学院の首席だ。
何できず降参したシブサワ先生に比べたら、むしろ健闘した方だろう」
「はは……旦那にそう言ってもらいやすと、少しは気が楽になりやすねえ。
結果は散々でしたが――あっしもベストを尽くしやしたからね、後悔はない。
そんじゃまあ、気分も乗ってきたところで……
以前にもお話したように、ここはいっちょあっしらに力を貸して頂くというのはどうでしょうかねえ?」
「それとこれは話が別だ。
俺も暇じゃないし……第一、次の相手が手ぐすねを引いて待ってる」
「あ~まあ、そうですねぇ。
大事な戦いの前に大変失礼しやした、旦那。
影ながら幸運を祈っておりやす」
「――ああ。
お前だけじゃない、皆の期待に応じて見せるさ」
ドラナーの応援を背に俺は闘技場内の試合場へと足を進める。
そこでは既に次の俺の対戦相手が待っていた。
着流しと呼ばれる東方装束を身に纏った白髪の老人。
70に届こうとする年齢なのにまるで衰えを感じさせない圧倒的な眼光。
否、全てを睥睨し叩き伏せる意志の込められたそれは鬼気と呼ぶべきものか。
まるで追いつめられた獣のような焦燥と殺気……そして少しの悲哀。
実際、先生にはもう時間が無いのだろう。
高価な霊薬を通じても癒しきれない病……寿命が迫る故に。
俺の姿を認めた瞬間――その酷薄な面差しに歪んだ半月が浮かぶ。
「よう……待ちわびたぜ、ガリウス。
おめえと心ゆくまで死合える――この瞬間をよ」
「ええ――お待たせしました、先生。
不肖の弟子ですが……俺の全てを以って全力でお相手致します」
共に嗤い合うと、ゆっくり鞘から刀を抜き放ち構える俺とイゾウ先生。
殺気と殺気、剣気と剣気がぶつかり合って渦を巻き――静まり返る闘技場。
死闘の幕が遂に切って落とされた。




