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おっさん、未来に臨む


「ふう……よく寝た。

 慣れない環境だったが――どうにか回復したな」


 朝日も差さぬ早朝。

 俺は自身に不釣り合いである豪奢なベッドから身を起こす。

 冒険者稼業が長いせいか、寝具が良過ぎると却って休めない事が多い。

 しかしそこは王都の闘技場。

 一級闘士の控室に用意された寝室は極上の触感を以て俺を迎え入れた。

 お陰様で昨晩の疲労が嘘の様に消え失せている。

 ベッド脇に用意された水差しからコップに水を注ぎ呷る。

 体内のアルコール分は完全に抜けたとはいえ、分解過程で水分を消費している。

 深酒の次の日は貪欲に水分が欲しくなるのが酒飲みの悪癖だ。

 酒に強い体質なのか、幸い二日酔いになった事はないが……あの師匠でさえ酩酊した次の日はベッドから起きれない程だ。

 容態を訊くと、頭蓋骨を万力で締め付けるような痛みと胃のあたりにスマッシュを喰らったような気分不快が半日も続くらしい。

 半殺し地獄とも称される苦しみを味わう事がない身体に感謝すべきだろう。

 という訳で俺はすこぶる調子がいいが――他の奴等はどうだろう?


「昨日は大分羽目を外したからな。

 俺と同じ体質に寄るだろうが……皆、今頃大変だろうな」

 

 印象的なノスティマとの邂逅後――

 結局俺は俺を探しに来た連中に発見され確保、会場に引き戻された。

 その後交流を深める意味で皆と盃を重ねたのもあるし、手合わせ替わりに余興としてアームレスリング大会を開催したりした。

 これが大ウケで怒号と賭けが飛び交う盛り上がりを見せた。

 紳士淑女が親しみ合うような社交場にはならなかったが――

 まあ場末の酒場の喧騒くらいにはなったかな?

 様々な種族、様々なクラスや立場があるとはいえ――俺達の根本は冒険者だ。

 享楽的でもいついかなる時も楽しむタフさが求められる。

 そういった意味でもあいつらはS級を冠するに相応しいのだろう。

 とはいえアルコールもある種の毒物には違いあるまい。

 今日試合を控えている奴等は、闘技場付きの神官に【解毒】の法術を掛けて貰う必要があるだろう。

 冷たい水で存分に渇きを満たした俺はシャツを着込む。

 そして軽く関節の可動域を動かすと十分な時間を掛けて柔軟を行っていく。

 一般的に勘違いされやすい事ではあるが……

 強くなる為にはただ筋力を鍛えるだけでは意味がない。

 筋力に見合う柔軟性がなければ万全のパフォーマンスを得られないからだ。

 スキルである程度自由が利くとはいえ、筋肉は関節と関節を繋ぐゴムである。

 最小の動きで最大の効率をあげる為には常に伸縮性を意識しなくてはならない。

 何よりおっさんになると、途端に身体が固くなるしな……

 怪我を予防する為にも真面目に頑張らなくては。

 そんなこんなでストレッチに汗を流していると扉がノックされる。


「――失礼します、ガリウス様。

 朝食をお持ちしました」

「ありがとう。

 そこのテーブルに並べてくれ」

「かしこまりました」


 闘技場付きの給仕が出来立ての朝食をワゴンで運んでくれた。

 彼の仕事ぶりを横目に俺は備え付けのシャワー室に入り汗を流しさっぱりする。

 濡れた髪をタオルでゴシゴシ拭きながら出てくると、給仕は既に立ち去り、寝室に添えられたテーブルには食欲をそそる朝食が所狭しと並べられていた。

 必要以上にゲストと接触しない心遣いはさすが一流だ。

 俺は新しい着替えを着込むと椅子に腰掛ける。

 冷めないうちに早速頂くとしよう。


「いただきます」


 用意された朝食の品々を見渡す。

 取れ立ての卵を使ったスパニッシュオムレツ。

 新鮮な野菜をふんだんに使ったサラダ。

 丁寧にブイヨンで煮込まれたスープ。

 こんがり熱を通したベーコンとパリパリに表面を焦がしたソーセージ。

 優しい香りの焼き立てパンにバター。

 空腹に逸る心を抑えてスープからまず口に運ぶ。


「――うん、美味い」


 魚や肉などの動物質を野菜等と共に長時間煮込んで作る、シンプルだけに手を抜けない味の善し悪しがモロに出るメニューだ。

 溢れ出る灰汁を幾度も丁重に排除し、焦がさない様に鍋を見つめ続ける根気さが求められる。

 極上のスープで口内を優しく潤した後はサラダへ取り掛かる。

 これもパリパリの食感で瑞々しく美味い。

 素材の味を損ねない程度に掛けてあるドレッシングもまた別格だ。

 作り置きじゃなくこの朝食の為だけに造られたのだろう。

 油は劣化しやすいのですぐに風味の違いが出るので分かる。

 そしてメインのオムレツ。

 俺も趣味が高じて料理をするが――この次元には及ばないと痛感させられる。

 ふんわりトロトロ……それでいて卵という風味を損なわない格別の逸品。

 まるで天使のほっぺのような柔らかさ。

 ある程度俺もやるもんだと思っていたが、このレベルと比較すると象のお尻だ。

 やはり本職が魅せる匠の技には叶わないな。

 闘技場はその目的の特質上、一流のスタッフが集められている。

 昔とは違い安全に配慮されているとはいえ、事故で命を失うかもしれない闘士に対し、最後の晩餐という訳じゃないが最高のもてなしをする為だ。

 散髪所や闘士を着飾るブティックも内設されており、この食事や寝所の対応を見るまでもなく下手な高級ホテルを超えるのは間違いない。

 ある意味ではここも立派な街なのだろう。

 存分に食事を堪能した俺は装備を纏う。

 擦り切れた黒のシャツの上から真魔銀ミスリル鎖帷子チェインを被る。

 その上から以前討伐した毒蜥蜴バジリスクを丁寧に鞣し仕立てた硬革鎧ハードレザーを装着。

 要所要所を金属片でカバーし頑丈なブーツを履く。

 最後に腰の剣帯に名匠樫名の一振り、樫名刀カシナートブレード<静鋼>を通す。

 


「そろそろお時間です。

 ガリウス様、準備はよろしいでしょうか?」

「ああ。万全だ」


 呼び出しの声に応じ、俺は控室を出て行く。

 今日――全ての結果が出る。

 そして対魔族戦の先行きがここに集約される。

 俺の思惑は果たして吉と出るか凶と出るのか……

 トーナメント二日目が始まった。






またも大地震です。

皆様はお変わりございませんか?

私の家は水回りをやられました。

11年前の悪夢を中々振り切れないのが忌々しいですね。

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