おっさん、盃を掲げる
「ファノメネルの――
師匠の封印を解く、だと……?」
真っ直ぐに見据えてくる金銀妖瞳が俺の動揺を見透かすように捉えて放さない。
辛苦を共にした(一方的に)弟子だけに、師匠の――
7人しかいないEXランク冒険者【七聖】の凄さは痛い程、理解している。
だからこそ俺はノスティマの言っている言葉に実感が伴わなかった。
「……そんな事が本当に可能なのか?
いや――ノスティマの実力を疑う訳じゃないが、俄かには信じ難い」
「無理もありません、疑惑は当然です。
しかし私には出来るのです……貴方の同意があれば」
「それは何故だ?
さらに質問を赦されるなら……何故、封印のことを見抜けた?
俺の話による検証結果だけじゃないだろう?
お前はある程度、最初から確証を持っていたよな」
「さすが――鋭いですね」
「お人好しな脳筋パーティの司令塔としての癖でな。
面倒ごとに巻き込まれぬよう、常にあらゆる事にアンテナを立てている。
……それでも火中の栗を拾いに行くのが問題だが」
「成程、苦労されてきたのですね(しみじみ)」
「そうそう、分かってくれるか――って、話を流すな。
悪いがちゃんと答えてもらいたい」
「いいでしょう。
他の人はともかく、貴方の人柄は信用できる。
私はね、ガリウスさん――【魔眼】持ちです」
「なっ――【魔眼】だと!?」
「しかも世にも珍しい二重属性魔眼。
貴方の身に封印が施されているのは左瞳の魔眼【識析眼】で一目分かりました。
これは視界に捉えた全ての術式を解析し分解・再構成を可能とするものです。
レインフィールド家の開祖アルティマが所持していたものと同一ですね。
きっと隔世遺伝か何かだったのでしょうが。
この瞳を持つが故に、私に魔術戦は無意味。
どのような難解な術式だろうが、時間を掛ければ解析し無効化――
さらには自在に習得し自身の力と出来るのですから」
「なんという、チートクラスな……」
「それは貴方も一緒でしょう?」
「どういう……意味だ?」
「貴方も私と同じ魔眼持ち――いえ、龍神の加護とでもいうべきそれは最早魔眼の範疇を超えしもの……神眼、そう【神龍眼】とでも呼ぶべきもの」
「――お前!
いったいどこまで把握している!?」
「貴方が世界を支えし龍神の使徒となった経緯はおおよそ。
私の右の魔眼が全てを教えてくれました」
「そんな馬鹿げた力があるか!
まるでそれじゃあ――」
「そう――貴方が一番理解している筈。
何故なら私に宿ったもう一つの魔眼――それは本来、貴方に宿る筈だった邪神の使徒の証……全ての真偽と未来を見通す【神魔眼】なのですから」
薄く唇を歪めたノスティマの右眼が輝きを上げる。
七色の――神々に連なる証たる、虹色の煌めきを。
「お前――」
「大丈夫ですよ、ガリウスさん。
貴方と敵対する意思はありません――少なくとも今はね」
臨戦態勢に入ろうとした俺をノスティマは優しく窘める。
魔力や術式を発するでもなく魔眼の発動もすぐに停止した。
本当に本気でやり合う気がないらしい。
そう見せ掛けた罠も考えられるが――毒を食らわば皿までだ。
今はこの青年の話に耳を傾けるのが得策だろう。
しかし――理屈では納得しても心は納得していない。
不貞腐れたようにノスティマに向き合うと、おかしそうに口元を抑えた。
「何がおかしい?」
「いえ、子供っぽいな……と。
他意はありません」
「悪かったな、性根がガキで」
「表面上を取り繕うよりよっぽどマシかと。
少なくとも腹に一物を抱えて話す方々よりは、余程好感が持てます(クス)」
「――ああ、やっと分かった」
「何がです?」
「何となくいけ好かないと思っていたが……お前の喋り方に佇まい。
ミステリアスな癖にどこか人を喰ったような感じ――
俺の知る神々の使徒にそっくりだ」
「それはもしかして――アリシアのことですか?」
「知っているのか!?」
「同じ使徒ですからね。
まあ、使徒とはいえあの方は正統なる神々の代理人――
私は邪神とも呼ばれる存在の端末にしか過ぎませんが」
「そういう風にどこか俗世を超越した感じが鼻につくんだぞ」
「人も神も、合理化の末に行き着く先は一緒なのかもしれませんね。
けど貴方にも責任の一端はあるんですよ?」
「どういうことだ?」
「本来の世界線では貴方は邪神……この世界で【這い寄る混沌の調べ】と呼ばれる異界の神の使徒になるはずだった。
かの神【ナイアルラストホープ】は人という存在を愛してやまない存在。
時に【英雄の介添え者】とも呼ばれ、時に【闇夜に咆哮するもの】とも呼ばれるのも、人の生き方や困難に立ち向かう意志の力を慈しむが故に。
ある者はかの神を【人に寄り添う神】と称賛し、
ある者はかの神を【人を堕落させ悦に入る邪神】と厭う。
所詮、外なる神【アウターゴッド】の思惑など人の身では計り知れない。
だが――かの存在に限らず神々の意図は分かります。
彼らはこの世界に直接干渉できない。
故に自身の手駒を盤上に生み出す……断り切れない絶対の窮地を狙って。
だというのに貴方は強靭な意志で邪神の誘惑を退けた――
それは無論封印されたままとはいえ、無限光明神の加護もあったのでしょう。
そして貴方という存在がこれ以上脅かされない様、世界を支えしかの龍神が先手を打って貴方を使徒とした。
面白くないのは邪神です。
貴方という格好の良駒を失った。
そしてかの神が次に眼をつけたのが――」
「ノスティマ、という訳か」
「ええ」
俺の言葉にノスティマは静かに目を伏せる。
しかし――それならば解せない。
邪神の加護に頼らずとも彼は十分以上に強い。
使徒にならずとも活路は幾らでも拓ける。
俺の疑問が顔に出ていたのだろう。
初めて感情らしいものを表情に浮かべながらノスティマは続きを話し始める。
「ガリウスさんの疑問は最もです。
何故――私が邪神に与したか、でしょう?」
「ああ」
「仕方がなかったのですよ。
かの神が私に介入してきたのはこの世界に私が生まれ落ちたその瞬間。
自身の母を持って生まれた魔力で殺し掛けたその時だったのですから。
かの神に時間の因果軸は関係ありません。
貴方にフラれたから――過去に目を向け、次の駒とすべき存在にコナを掛けた。
私に拒否するという選択肢はありませんでした。
本能的に母の生存を願い、そこを邪神に付け込まれた感じですね」
「契約を反故出来ない瞬間を狙ってくるのは――随分姑息じゃないか?」
「確かにそうですね。
ただ……かの神と契約できるのは誰でも良いと訳じゃないらしく、ある程度この世界に影響を齎せる存在になる可能性がないと不可能のようで。
邪神の眼鏡に叶ってしまったのは運が悪かったとしか言いようがない。
まあ……それでも後悔はしていませんよ。
本来の時間軸なら私は母を殺して生まれた忌子として疎んじられていた。
今も元気な母の顔を見る度、邪神に感謝しても良いと思います」
「だから、か」
「ええ。そして貴方という存在に興味が湧きました。
自分が屈した邪神の誘惑を退けた者……貴方のこれからに」
「邪神の意図はないんだな?」
「はい。ここで会ったのは予期せぬ偶然。
本来なら明日の【舞台】での邂逅が先だった筈です」
「参ったな……全てお見通しか」
「同じ属性の魔眼持ちですからね。
貴方は物語を――私は盤上の筋書きを【読む】。
ですが悪い策ではないと思います……このままいけば」
「何か不確定要素があるのか?」
「はい。
ですがそっちは私が対処しておきますので」
「信頼していいのか?」
「貴方が仲間を頼る程度には」
「ならば万全だな」
「そう言って頂けるなら重畳。
――さあ、それよりどうします? 封印を解きますか?
ファノメネルの懸念は貴方の身が解放された魔力に耐えきれないという事。
しかしクラスチェンジによって十分受け入れるだけの器は整った。
今ならば問題なく扱いきれると思いますが」
「なら返答は一つだ。
今は――まだいい」
「理由を伺っても?
パワーアップは出来るときにしておくのが常では?」
「魔力解放時の【特約】を狙っている。
だから……まだいい」
「ああ、なるほど――その手がありましたか。
確かにそれは納得ですね」
「ただ、いざという時に備えていつでも外せるようにはしておきたい。
それは可能か?」
「ええ。
貴方の師匠もちゃんとそこは考えていたようです。
唯一言、貴方が呟くだけでその封印は消滅するよう術式構成がなされてます」
「聞いても良いか?」
「それは……」
ノスティマが囁く解放ワード……確かにそれは普段絶対俺が言わない言葉だ。
っていうか、あの人馬鹿じゃないのか?
「貴方がここで封印を解かないことを選んだ――
これもまた世界の選択なのでしょう」
「意味深だな」
「我々にとっては、ね。
だからこそ明日の健闘をお祈りしてますよ、ガリウスさん……二重の意味で」
儚げに微笑むと声を掛ける間もなく【転移】で掻き消えるノスティマ。
バルコニーに残された飲み掛けのグラスを夜空に掲げながら――
俺は彼と過ごした濃密な時間の数々を思い返し極上のボトルを傾けるのだった。
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