おっさん、緊急的避難
「アニキ~続きを教えてほじい!」
「おいおい……
だからオレが一番に手合わせすると言っただろ?」
「待ちたまえ、諸君。
まずは自分がガリウス君にこの身を以て、だな」
「御託はいいから早くおっぱじめようぜ」
「酷いですよ、旦那。
女傑ともいうべき二人の誤解を解くのは大変だったんですからねぇ」
「今だ疑惑が晴れたわけじゃないけど……」
「うむ。取り合えずは執行猶予だな。
時にドラナーと親しい貴方にも疑惑が掛かっているぞ、ガリウス殿。
精霊都市を救った祝賀会場であどけない幼女を口説いていたという噂もあるし、詳しく話を訊きたいのだが?」
「あっ、ちょっと!
何であたしを差し置いて盛り上がってるのよ!
あたしも交ぜなさいよ! 主役なのよ、主役!」
「いや、マドカ姐さんはどう見ても濃い脇役では……」
俺を放置し誰が一番に俺を独占するかで揉める男一同。
恨みがましく陰気な貌で訴えてくるドラナーを確保しながらも疑いの目線を俺へと向けてくるセリスとミカサ。
そこに何を勘違いしたのか【魔女】マドカと【燎師】ズールも参入してきた。
各人が各自独特に動き、交流を深める筈の場は混沌さを増している。
こ、これは潮時だな……どうにも俺の手に負えん。
「……シャドウ、手助けを頼めるか?
クラス柄、隠蔽系と迷彩スキルを持っているだろう?
俺の【隠形】スキルにタイミングを合わせて発動してほしい」
「うん。本来なら貸しイチだけど……
ガリウスにはお菓子の恩義があるからナ。構わないゾ」
「すまん、助かる」
心強い援軍を得た俺は、皆の注目が途切れた瞬間を狙い【隠形】を発動。
これは自身の気配を限りなく薄くすることで不意を打ったり尾行したりする時に使う盗賊系スキルだ。
通常ならこういった場で発動しても効果はいまいちなのだが……幸い個性豊かなというか注目を浴びるような面子が多い。
一時的に自身をモブ扱いとしてパーティを抜ける事にする。
皆の関心が逸れた隙にシャドウが助け舟を出してくれた為、俺はグラスとボトルを手に悠々と会場を脱出する事に成功。
去り際、脇を通る際に聞こえたセーリャの――
「馬鹿ばっか(溜息)。
……でも悪くない、かな」
という独り言には苦笑しながらも心から賛同するのだった。
脱出成功とはいえ、どこか遠くへ行く訳にはいかない。
なので闘技場円周部に設けられたバルコニーへ向かう。
今夜は晴天なので月や星を見ながらグラスを傾けるのも一興だろう。
花を見ては花見酒。
月を見ては月見酒。
雪を見ては雪見酒。
飲兵衛は理由をつけて飲む機会を失わないのである。
心なしウキウキしながらバルコニーに出ると、既に先客がいた。
「貴方は、ガリウスさん……」
「ノスティマ・レインフィールドか。
どうしてこんなところに?」
心地良い夜風に長い蒼髪を棚引かせていたのは、魔術の名門レインフィールド家の当主ノスティマだった。
傍系であるとはいえリアと似通った容姿端麗な青年である。
一番印象的なのは金銀妖瞳……ヘテロクロミアだろう。
左右色違いの双眸が見る者の心を捉えて放さない。
着ているのは軍服にも似た漆黒のローブ。
あれは確か魔導学院の管理部、自治統制局の制服だった筈。
それ自体が着込める結界と称される、魔導学院の技術の粋を集めたものだ。
華美な装飾など一切を排したそのデザインは、どこか浮世離れした神秘的な青年によく似合っていた。
俺の問い掛けにノスティマは唇の端を少し上げる。
おそらく苦笑したのだろう。
「貴方と一緒ですよ。
騒がしいのは嫌いでして……少し席を外してました」
「確かに酷い喧騒だったな。
俺も賑やかなところは苦手でね、何とか逃げてきたところだ」
「意外……ですね」
「何がだ?」
「貴方は華やかな場に相応しい陽気な人柄なのかと」
「ああ、それは周囲に合わせてるのと長年培った人付き合いによって鍛えられた、表層的なものだ。本来の俺は結構陰キャだぞ、多分」
「自分で言うところが怪しいですね」
「いや、師匠に叩き直されたからこうなった節がある。
昔は結構酷かった」
「師匠というと、かの【七聖】の一人【神仙】ファノメネルですか。
それに今をときめく【英傑】ガリウスさんの過去……気になります」
「何だ、興味があるのか?」
「ええ。ご迷惑でないなら是非伺いたいです」
「ならお代替わりじゃないが、せっかくだから一杯付き合えよ。
このトーナメントが終われば対魔族戦を共にする仲間だ。
少しでも交流を深めよう」
「お酒は苦手ですが……そうですね。
貴方の過去の一端を知れるなら安いものですね」
俺が勧めたグラスを受け取り、ちびりちびり舐め始めるノスティマ。
その様子はまるで警戒心の強い小動物のようで微笑ましい。
俺の昔話なんかの、何が面白いのか分からないが……
まあ興味があって聞きたいというなら少し語るとするか。
バルコニーで風に当たるノスティマの隣に歩を進めると……俺は極上のボトルを直接呷りながら痛い自分語りを始めるのだった。




