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おっさん、深々と溜息

「ア、アニギ! 流石だ……聞いてるだけで為になる!

 オデにもっと色々教えてほじい!」

「まあ待てよ――巨人族の。

 師を得て昂るお前さんの気持ちもわかるがよ……

 その前にオレがガリウスと腕試しするのが先だろ?」

「君達こそ落ち着き給え。

 戦いとはいつも二手三手先を考えて行うもの。

 クラスの性能の違いが戦力の決定的差ではないということをガリウス君に教えるべく約束したのは、自分が先だ」

「ふむ、なら遺憾だがオレっちも順番を待つとするか」

「困りますねぇ……旦那とはこの後も色々話したい事があったんですが」


 三者三様ならぬ五者五様。

 各自が銘々に言い合い――周囲で喧々諤々と騒ぐ。

 壊士リーガン。

 船長ジェクト。

 聖騎シャリス。

 闘鬼シブサワ。

 召喚術師ドラナー。

 タイプは違えど、皆いい男である。

 そんな男たちが自分の処遇を巡って争い合う状況。

 俺が女性だったら「何、この逆ハーレム!?」と女性主人公小説のような展開にときめくのだろうが……生憎と男で、しかも話す内容が物騒だ。

 ホント、どうしてこうなった?

 最初は友好的で建設的な話だったのに……

 いつの間にか戦うのが前提になってるし。

 確か最初は戦術議論の筈じゃなかったか?

 なのに何で直接刃を交えることになったのやら。

 まあ、実戦に勝る教えがない事は理解できる。

 ただ大人げなくシブサワ先生まで参入してきているのはもうアレだ。

 うん、収拾がつかない。

 溜息を深々と付きたいのを堪えながら、俺はこうなった経緯を思い返す。

 始まりとなった慰労パーティの事を。














「皆の者……本日は闘技場の歴史に残る見事な戦いぶり、真に大儀であった。

 諸君らの活躍により民の心も安寧を覚えた事だろう。

 その健闘を祝い、ささやかだが宴の席を用意した。

 今宵は五月蠅いことを言う者はおらぬ。無礼講で楽しむがよい」


 壇上から語り掛けるリヴィウス王の言葉に周囲から歓声が上がる。

 闘技場の貴賓室に急遽設けられた祝賀会場。

 そのテーブル上には見ただけで食欲を誘う山海の馳走や、値段だけで庶民の年収を超える酒が所狭しと並べられていた。

 今日一日を戦い抜いた者達に敬意を称するとはいえ、この待遇は破格だ。

 下手な外交の席よりも金が掛かってるぞ、これ。

 まあ俺の懐が痛むわけじゃないから別に構わないが。

 きっとこういう事を嫌みなく行えるのが賢王としての器なんだろうな。

 王を讃えるテンションの高いトーナメント参加者らからは距離を置き、俺は手頃な酒を手に会場の隅に寄る。

 こういう時に純粋に楽しめないのは自分の悪いところだと自覚はしている。

 しかし性分なのか、つい防衛体制などを考えてしまうのだ。

 巨人族が動いても問題のない天井の高さと広さが確保された貴賓室内。

 その目的柄、室内の防諜や耐魔構造はしっかりされている。

 強いて言えば給仕に比べ警備兵の少なさが挙げられるが……開会の宣言後に退室したリヴィウス王以外、ここにいるのは大会選手のみである。

 つまり大陸最高峰の戦力が集っている。

 ここに襲い掛かる馬鹿は早々いない……だからこそ警備兵も最小限で済むか。

 先程、王が告げた通り各国の重要人物は絡ませず俺達のみの参加だ。

 面倒な思惑の意図を外しこうして羽を伸ばさせてくれた配慮には感謝しかない。

 俺は琥珀色のグラスを掌中で転がしながら、他の皆の動向を窺う。

 どうやら対戦した者同士で話し合うグループが多いようだ。

 実際刃を交えるのは何よりも雄弁なコミュニケーションということなのだろう。

 一方的なマドカの物言いに対し、何故か敬服し崇めるズール。

 暑苦しい戦いを通して芽生える何かがあったのか、突如食べ比べを始めるテリーとヴァルバトーゼ。

 年頃の女同士思うところがあるのか、神妙に語り合うセリスとミカサ。

 こういった場は不慣れなのか戸惑うセーリャをエスコートするシャリス。

 我関せずといった佇まいを見せるノスティアに、あれやこれやと絡んでは袖にされるシブサワ先生など実に様々だ。

 残念ながらイゾウ先生は欠席だ。

 癒しの秘薬エリクシアの効果で痛みが落ち着いたとはいえ、まだ体調は本調子でないしこういった賑やかな席を嫌うからな。

 色々と先生と話したいことがあったのだろう。

 伊達男のジェクトが面白くなさそうに骨付き肉を喰らっている。

 そういえばオブザーバー参加のソーヤやリカルドの姿も見えない。

 何かしらの用事があるのか? 

 あるいは戦っていない我が身を慮って参加を自粛したのか……?

 とまあ、取り留めのない分析はこの辺でいいだろう。

 俺もまずは今を楽しむとするか。

 手元で遊ばせた為か、程良く氷が解けて冷えたグラスを一気に呷る。

 瞬間、喉を熱く焼きながら芳醇な香りが鼻から抜けていく。

 熟成された濃厚な舌触りと甘い余韻に、思わず我を失い掛ける。

 これ……多分マッケラン酒造所の最高峰だぞ、おい。

 シングルモルト・ウイスキーの50年物。

 庶民の年収どころじゃない……一瓶で地方町の年間予算に匹敵する。

 一度師匠に勧められて壮絶に咽た記憶があるから間違いない。

 あの頃は味や香りなんて分からなかったが……酒を嗜んだ今だからその美味さが有り得ないくらいに理解できる。

 まさかこんなところでこれほどの逸品に出会えるとは。

 人目を気にせずガブ吞みしたい衝動とじっくり堪能したい欲求に苛まれる俺。

 何はさておき、取り合えずお代わりを……と決断し動き始めたその時――


「旦那、お楽しみ中すいやせん。

 ですが――ちょっとだけお話いいですかねえ?」


 祝いの席には不釣り合いな、陰気臭い声の邪魔が入るのだった。







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