【第八回戦】
「会場にお集まりの皆様!
本日の熱き狂乱の宴もいよいよ次が最後でございます。
さあ、大会初日の大トリを飾るはこの二人!
霧煙都市代表【殺師】シャドウ VS 砂礫都市代表【召喚術師】ドラナーだ!」
煽りに煽った司会のコメントに闘技場へ集った観客の興奮は否応なしに高まる。
こんな場でもなければ目にすることも叶わないS級同士の戦い。
彼らさえいれば……例え魔族が相手でも勝てる。
そう思わせるだけのものがこの大会にはあった。
第一回戦、体格差をモノともせず巨人を下した英傑。
第二回戦、領域を超える神秘をその身に宿した魔女。
第三回戦、卓越した腕で真っ向から斬り伏せた剣聖。
第四回戦、血汗が舞うステゴロの戦いを制した拳帝。
第五回戦、剣姫による苛烈な猛攻を凌ぎきった護士。
第六回戦、音速より速い閃光を読み切り詰めた銃士。
第七回戦、人知の及ばぬ達人の域で勝利を得る魔人。
こうして思い返すだけで拳に力が入り、叫び出したい衝動が襲う。
人族は弱くない、戦えるのだと。
声を大にして――過酷な運命へ毅然と反旗を翻したくなる。
人族の希望となれ、と称したリヴィウス王の采配は見事に的を射たのだろう。
期待を胸に抱く人々が見守る中、颯爽と会場に姿を現したのは、全身を黒装束で装った短身痩躯。ご丁寧に目元すら見えない覆面を被っている。
そんな視界でも足取りはしっかりと……いや、むしろ幽鬼のように滑らか過ぎてまるで地を滑るかのようだ
彼(彼女)の名はシャドウ。
盗賊ギルドにおける対外交渉用の切り札にして鬼札。
夜闇の首切り判事と畏れられる異名を持つ、超一流の暗殺者である。
こうして公衆の面前に姿を晒すのはおそらく初めての事だろう。
しかし闇に潜む暗殺者の姿が割れてしまったら、今後の仕事に差し支えるのではないだろうか?
大会主催者である王国運営部の心配に対し、盗賊ギルドは事もなく応じた。
ご安心召されよ。
今、貴公らが見て把握し認識している姿……それすらも所詮は偽り。
あの者に決まった性別・身長・体重などは一切ございませぬ。
変幻自在にして千変万化。
それこそが盗賊ギルド最高傑作である――あの者の強みである、と。
嘘か真か、嘯きながらも自信を以て答えたという。
幾らか誇張を交えつつも熱の籠った司会のアナウンスに一同は驚き慄く。
そんな化け物の相手となるのは一体何者か?
好奇心に駆られた観客の熱意が対角の入場口に注がれ――消沈へと変わる。
何故ならそこに姿を現したのは、どう見てもうだつの上がらない中年の男だったからだ。
その男を一言で述べるなら【陰気】な男であろう。
長身を屈め、ねめつける様に一歩一歩を踏み出している。
先程のガリウスと違い、それなりに身なりは整っているのにどこか不吉で陰鬱な感じを受けるのはその眼差しのせいか。
まるで大陸全土が全て滅んだかのような昏い双眸であり相貌。
見ているだけで気が滅入るのは一種の才能と言えよう。
そんな観客の印象も、開始線に着いたドラナーが面倒臭そうに懐から取り出した本を前に一変する。
光り輝く炎の象形が刻印された書物。
大陸広しといえどアレ……魔導書を持つクラスは唯一つ。
そう――召喚術師のみ。
無数の軍勢を戦場に招き、時には天候や地形すらも自在に操る。
時に一騎一軍とも称される力は伊達ではない。
ならば外見でドラナーを見誤るのは疎かであろう。
観客は己の浅はかさを恥じ入り、本日最後の魔戦に身を乗り出す。
「始め!」
開始の号令と共に動くのはドラナーであった。
召喚術師の定番、位階障壁と呼ばれる物理攻撃を遮断するフォースフィールドの展開である。
魔導書が持つ固有能力の一つで、これにより低ランクのダメージは全て無効化されてしまう。
頭をボリボリ搔きながら魔導書を捲り、火蜥蜴【サラマンダー】を召喚したドラナーは矢継ぎ早に灼熱の爆炎【ブラストブレイズ】を招きシャドウへ放つ。
爆炎は魔術師の扱う火球【ファイヤーボール】の強化版である。
火力だけでなく周囲に爆炎を振り撒き炎上するという二段構えの術式でもある。
一向に微動だにしないシャドウに不審を抱きつつも爆炎がその身を襲うのを目視するドラナーだったが……軽い驚愕にやる気のなさそうな眼が若干開く。
術式が通り抜けた?
シャドウの身に触れる事無く通過した爆炎は闘技場リンクに落ち、紅蓮の舌を伸ばし周囲を燃え上がらせる。
「おやおや……一体どういう手品なのやら」
面倒な事になった、と頬を掻くドラナーをよそに疾走を開始するシャドウ。
いつの間にか握られている巨大な大鋏。
多くの血を吸ってきたその凶器が焔を反射し煌めく。
無論それを黙って見逃すドラナーではない。
召喚した火蜥蜴を迎撃に向かわせるが……その攻撃はまたも透過。
シャドウに触れる事無く通り過ぎてしまう。
「勘弁願えませんかねぇ~本当に。
中年になると急激な運動は次の日にダメージが来るんですから」
フォースフィールドは既に展開済み。だが、シャドウの攻撃が未知のものだった場合、その間合いは致命的になる。
器用に背後へ飛びのくと突風を召喚。
自身の身体を後方へ吹き飛ばす。
直感だったが、はたしてその判断は間違ってはいなかった。
ギギギギ
空間が軋むような音を立て大鋏の前に崩壊する障壁。
絶対の盾が打ち破られた瞬間であった。
だというのに――ドラナーは覇気のない表情で淡々と結果を推測し始める。
「なるほどねぇ……
分かりましたよ、君の正体が。
シャドウストーカーをベースとした半魔半人、それが君ですね」
悪戯を思いついた少年のような酷薄な笑みにシャドウの足が一瞬止まる。
ドラナーも聞いたことがあった。
強大な力を持つ妖魔と人間を掛け合わせる非人道的な実験を行う組織の事を。
かつて勇者らによって完膚なきまでに叩き潰された筈だが……その末端が生き残っていたのだろう。
闇に潜ったそいつらは盗賊ギルドと手を結び資金援助を受けながら実験を続けてきたに違いない。
その成果の一端がおそらくシャドウという存在なのだ。
シャドウストーカーはランクAにカテゴリーされるアストラル系妖魔である。
二次元である影に潜み獲物を狩る天然の暗殺者であり、物理攻撃や攻撃魔術が効きづらいという厄介な特性を兼ね備えている。
先程の透過も術式が効かなかった訳ではない。
当たる直前に自身の身体を二次元へと転換したのだ。
三次元であるこの世界に残されたその姿こそ、いわばシャドウにとっての影。
影を相手にいくら攻撃をしても、所詮は一人相撲である。
「だからナンダ?
ワタシの正体が分かったところで何もデキナイ」
シャドウの指摘通りであった。
ドラナーの攻撃はシャドウが影に潜む限り無効化され有効打に成り得ない。
一方、シャドウの攻撃は召喚術師の守りの要であるフォースフィールドすら突破し得る大鋏の力がある。
究極の切断力を持つ二次元の刃、それこそが大鋏の正体。
持久戦になればどちらに軍配が上がるかは一目瞭然であった。
シャドウの言葉に肩を竦め、またも爆炎を放つドラナー。
理解のないその反撃に苛立ちながらも影へとスニークするシャドウ。
決着をつけるべく間合いを詰めようとすると、召喚術を駆使しながら逃げる。
そしてまたも距離が開くと意味不明な爆炎を放ち続ける。
追い掛けると無様に逃げ――当たらない爆炎を放つ。
何が目的なのか? いい加減負けを認めるべきでは?
情けないその姿にシャドウと観客の認識が一体となった瞬間――それは訪れた。
息苦しさを感じたシャドウが喉を抑える。
まさか――毒なのカ?
しかし毒ならば耐性のある自分に効く筈がない。
ならば何故……
周囲を見渡したシャドウは遅まきながらドラナーの企みに気付く。
自分にダメージを及ぼさない爆炎。
リンク全域を囲み燃えているその炎が渦を巻き……勢いよく空気を貪っていく。
「やっと気付いたんですかぃ……
随分察しが悪いようで」
「貴様……マサカ」
「ええ。通常の方法で倒せないなら搦手を使うまで。
あっしの爆炎召喚は派手な囮です。
本命は爆炎後に生じる空気の枯渇状態による酸欠。
君には二次元である影に潜めるという恐ろしい特技がある。
けど半分人間である以上、どうして呼吸を必要とする。
無駄に思えた攻撃を幾度も放ちそれを確認しました。
爆炎そのものは透過しているのに熱せられた場所に留まる事は厭う。
熱い空気を吸い込むことで肺がやられるのを警戒してたんですかねぇ?
駄目ですよ、そんな付け込む隙を与えちゃ。
敵の嫌がる事を全力でやれ――兵法の基本ですぜ」
「だから……カ」
「ん?」
「何故逃げるのに、いちいち突風を招くのか不思議ダッタ。
あれは自身の周囲に新鮮な空気を纏う事が目的ダロ?」
「ご名答。
無様に逃げているように見せる為、苦労しましたよ」
「嘘つけ。
アレはどう見ても素だったゾ」
「おやおや、バレましたか」
「ふん、ワタシはもうモタナイ……酸欠で昏倒するナ。
貴様の勝ちダ。
そして用済みとなったワタシは組織に処分される、カ」
「ああ、やっぱりそういう定番で」
「ひねりがナイ?
だがそれが世の中というヤツだ」
「でしょうね。
なのでそんな君に、ワンモアチャンス」
「?」
「あっしと共に行きやせんか?」
「ハアッ!?」
「こう見えてあっしの裏には強大なバックが控えてまして……
君ほどの腕前を失うのを惜しいと思いやした。
あっしに【隷属】……召喚契約をするなら生き延びる目はありやすぜ」
「ば、馬鹿カ……貴様。
先程まで敵だった奴の言う事を誰ガ……」
「でもこのままだと処分されるんでしょ?」
「グヌヌ」
「当たれば儲け。
ならばモノは試しでやって見ればよいのでは?」
「気楽に言うナ、お前は……」
「おっ。貴様がお前に変わりましたね」
「阿呆ガ。
後悔するぞ、お前……」
「恥の多い人生を過ごしてきましたからねぇ。
今更後悔が増えても別に」
「ふん……変な奴ダ。
まあ、いい――生きる為なら何だってヤル。
それがワタシのポリシーだからナ。
お前と【契約】してやる……大事に扱エ、我が主」
「了解ですよ、我がしもべ」
魔導書が光を放つやシャドウの身体に刻印を照らす。
次の瞬間、魔導書へと吸い込まれるシャドウ。
観客は何が起きたのか理解できず茫然としていた。
焔の檻の中で会話を交わしていた二人が急にそんな事態になったのだから当然であろう。
ただ当惑し騒めく観客に苦笑し会場を後にしたドラナーが去った後、慌てた司会による勝利宣言によって闘技場は本日最後の大歓声に沸くのだった。




