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おっさん、試合を観戦①


「さて――俺の出番まで、まだ時間があるな。

 ギリギリまで敵情視察に洒落込むとするか」


 かませ犬としてトーナメントを盛り上げようとする運営意図があったかどうかは不明だが、第一回戦に配置された俺には二戦目までかなり時間がある。

 先生の容態も確かに心配だが――秘薬の力もあれば大事には至るまい。

 癒しの秘薬【エリクシア】は苦痛を和らげ傷を癒し、かつ失った体力を回復させてくれるという冒険者垂涎の薬だ。

 魔力すら回復させるという伝説の【エリクサー】の廉価版ともいえるが、それだけに製造しやすく、教団の財政を支える大事な資金源である。

 業病すら抑えるその効果は極めて高い水準にある。

 いざとなれば闘技場備え付けの医療スタッフも待機しているし大丈夫だろう。

 そうなれば俺にとって重要なのは対戦すべき者達の能力確認である。

 次の俺の対戦相手は二回戦の結果【魔女】に決まったが、勝ち進んだ先――先生が勝ち進めば三戦目は先生か……鬱だ――決勝戦を迎えるのは別のグループだ。

 己を知り相手を知れば百戦危うからず――とはよくいうが、この相手の力の一端でも事前に把握出来るかは今後の勝敗に大きく関わってくる。

 更にこの大会を終えれば、将来的には轡を並べるかもしれない者達だ。

 何事も知り過ぎて困るという事はあるまい。

 俺は控室備え付けの簡素だが頑丈な椅子に腰を下ろすと、魔導モニターに意識を集中させる。

 モニター内に映る闘技場内では第五回戦が始まろうとしていた。

 要塞都市代表の【剣姫】セリス。

 対するは、

 衛星都市代表の【護士】ミカサである。

 セリスは栗色のロングを結い上げ意志の強そうな水色の瞳を持つ、キリっとした印象の女性である。

 突く事に特化した剣――エストックを威風堂々と構える姿は戦場に立つ戦乙女とでも詩人共は謳うだろう。

 一方のミカサは風にたなびく黒髪のショートボブに感情を交えない黒い瞳を持つクールビューティーだ。

 得物とするのは両手に構えた盾。

 子供の身長程もあるそれを軽々と構える姿は難攻不落の要塞を思わせる。

 どちらも見眼麗しい妙齢の女性だが、外見で彼女らを侮った者は、すぐに自らの過ちに気付くだろう。

 練り上げられた闘気に洗練された体捌き。

 何より美貌すら霞ませる勝利への気迫と執念。

 クラスチェンジを経てS級の称号を冠するだけの実力は間違いなくある。

 開始の合図と共に始まった試合は一方的な運びになった。

 セリスが猛攻を仕掛け、ミカサは受け手に回る。

 熟達の舞を連想させるセリスの剣撃は優雅でありながら鋭く速い。

 一呼吸の間に5連撃も繰り出すのは流石だ。

 クラスである【剣姫】の名は伊達ではない。

 しかしその怒涛の攻勢をミカサは冷静に捌く。

 彼女は確か王室護衛士【ロイヤルガード】出身だったな。

 やんごとなき人々をテロ等の脅威から間近で守り抜いてきた功績は確かだ。

 だが――守るだけでは決め手に欠ける。

 現に今もセリスの突きで堅牢な盾に罅が入ったのを俺は見逃さない。

 セリスの判断は正しい。

 技量と装備は互角。

 ならば勝敗を決めるのは手数の多さだ。

 でも互角故に致命的にはならない。

 ならばどうするか?

 ――常に一点のみを狙えばいい。

 どんな堅い物にも耐久限界があるのだから。

 寸分の違いもたがえずまた激しく動く中で全く同じ一点を貫き続けるというのは、空から落とした針をピンポイントで当てるに等しい。

 されど彼女はやってのけた。

 類い稀なる才能と努力に支えられた確かな技量で。

 穿たれた罅が広がり、やがて完全に崩壊する盾。

 隙を逃さず、すかさず攻め入るセリス。

 二つで互角だった盾が失われた今、ミカサにその一撃を防ぐ術はないかに思われたのだが……

 次の瞬間、地面に伏していたのはセリスだった。

 軽武装に身を包んだ全身がボロボロになっており完全に失神している。

 慌ててミカサの勝利が告げられるが、ミカサは興味なそうにしゃがみ込み、対戦相手であったセリスを背負い闘技場から去っていく。

 フェアプレイの精神に、戸惑い気味だった観客からも惜しみの無い称賛の拍手が二人に送られる。

 何があの一瞬であったか観客は理解出来なかった様だが……俺には【視えた】。

 盾の護りを擦り抜けたセリスの剣先がミカサに届いた瞬間、まるで反射される様にセリスの全身が何かに貫かれたのを。

 ミカサの持つ【護士】は守りに特化したクラスだ。

 攻撃に扱えるスキルはそう多くはない。

 だが師匠からカウンター系に近いそのスキルを聞いたことがある。

 その名も【チャージリフレクション】。

 同一の相手から受けた蓄積ダメージを文字通り瞬時に叩き返す技だ。

 発動と共に構え、ひたすら耐え抜く。

 一見すると簡単そうに聞こえるが自身から反撃してはならないという制約がつくのがこのスキルの難しいところだ。

 防戦一方ではどんな達人でも後れを取る恐れがある。

 だが耐え抜いたその先にあるのはまさに一撃必殺。

 格上すら倒しきる可能性すらある。

 対魔族戦においては無くてはならない人材だろう。

 無論その際には陽動役を兼ねたセリスみたいな者が相応しい。

 攻撃が集中して潰れてしまっては元も子もないからだ。

 一人一人は至らなくとも組み合わせることで無限の可能性を得る。

 もしかしたらこのトーナメントはそういった個々のマッチングを想定させる意図も含まれているのかもしれない。

 魔導モニターが捉える彼女らの後ろ姿に、俺は深い感銘を受けるのだった。




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