おっさん、次に備える
「拝見しましたよ、先生。
相変わらず冴え渡った太刀筋で――己の未熟さを思い知らされるばかりです」
試合を終え退場してきたイゾウ先生を俺は門内で迎える。
齢60を超え70に届こうとしているのに先生の腕前の程は怖いくらいだ。
間合いを瞬時に詰める魔法のような歩行術。
膨大な自己稽古を窺わせる、愚直なまでに真っ直ぐでありながら速い斬撃。
襲い来る1000もの不可視の刃を瞬時に斬り伏せた光景は先程から俺の脳裏に焼き付いて離れない。
記憶よりも小柄に見える身体のどこにそれだけの力を秘めるのか。
剣聖イゾウ、その名はやはり偉大であった。
「あんまり褒めるなよ、カルの小倅。
伸び盛りのお前に比べたら……まだまだだな」
「ご謙遜を」
「いや、残念だが儂はこれが限界よ。
今は培ってきた経験という財産で何とかやりくりしている。
だが――いずれお前にも抜かされる。
老いというのは厄介なもんだな、おい」
「先生……」
俺の言葉に先生は、らしくない弱気を見せた自分を嘲る様に苦笑した。
詐称薬のとんでも効果で見た目の外見はともかく、実際年齢として40を前にし心技体が最高潮を迎えようとする俺に先生の気持ちは分からない。
推測は出来るが本当の意味で共感は出来ない。
それに……
「ぐっ……ゴフっ」
「先生!」
突如喀血しその場に膝を着く先生。
心配し駆け寄ろうとした俺を片手で制止し、先生は震える手で懐から丸薬を取り出し飲み込む。
荒かった息が徐々に整っていく。
先生は気丈に立ち上がると、瘦せ衰えた身体を見下ろし自嘲する。
「まったく困ったもんだな。
全盛期の動きに身体の方が付いてこねえのは」
「先生、やはりお身体が……」
「ああ、その【瞳】を持つお前にゃ隠し事は出来ないわな。
そう――儂は不治の病に罹っているのさ。
いかなる治癒魔術や薬でも癒せぬ――寿命という名の病に。
若い時に無茶した反動らしいが……もう、身体の中がボロボロらしい。
今は痛み止め無しじゃロクに動けねえ身体になっちまった。
まあ――藪医者に言わせれば、今まで持ったのが御の字だとよ」
「先生……」
荒く脈打つ胸を押さえて自嘲する先生。
そんな気はしていた。
先生の真の実力ならあんな苦戦をする前に瞬時に片を付けていた筈だ。
だが実際はギリギリまで引き付けてからの快勝。
大会を盛り上げるのでもない限り、アレはもしや――
「制限時間があるんですね?」
「バレちまったか。
まあ痛み止めが効き始める時間と効いている時間。
今の老いぼれた儂は、その時間に左右される張りぼての虎よ」
「俺の仲間に大陸屈指の癒し手がいます。
先生さえ良かったら――」
「無駄だ」
「先生?」
「――いや、言葉が足りねえな。
お前が懇意にしているヴァレンシュアの婆にも相談したんだ、実は。
その結果がこの丸薬……癒しの秘薬【エリクシア】だ。
これ以上は教団も手を出せねえほど、儂の状態は酷えらしい。
気持ちだけは有難く受け取っておくぜ」
血の付いた拳を握りしめ立ち上がるイゾウ先生。
何か声を掛けようとした俺は幽鬼みたいなその佇まいに気圧される。
「人間いつか死ぬ。
好き勝手やってきたんだ、後悔はない。
けど……死ぬ時は前のめりになりてえ。
おい、カルの――いや、ガリウス」
「はい」
「だからこそ、決して俺との戦いで手を抜くんじゃねえぞ?
真剣勝負に水を差すような真似をしてみろ……
儂は死ぬまで手前を許さねえからな」
「とはいえ、先が長くなそうなんですが……」
「カカカ、言うようになったじゃねえか。
まっお前ならあの魔女くらい倒して勝ち上がってくるだろう?
儂も次の試合相手ぐらいなら衰えた身体でも何とかなる。
そうしたらお前との戦いだ――楽しみにしてるぜ?」
弱みを見せないように手をヒラヒラさせながら控室に消えていく先生。
想像を超えるような苦痛を微塵も見せぬ強靭な精神力。
それこそが剣聖の最高の武器なのかもしれない。
「俺も楽しみですよ――先生」
かつて教えを請うた先生に自己の成長を示す。
不出来だった生徒にとってそれこそが何よりの恩返しだろう。
そして合点がいった。
寿命故に先生は〇〇に〇を〇ったのだ。
まあ、その結果を踏まえるにとても愉快な事になりそうだが。
俺は踵を返すと自身の控室に戻ることにした。
次の戦いに備えるために。
ちなみに四回戦はイケメンと上半身裸のマッチョが真っ向から殴り合うという、泥仕合じみた展開を見せていた。
会場内では多くの女性客の黄色い悲鳴が上がり――その中には聞き慣れたウチのパーティメンバーのものもあったような気がしたが……気のせいだろう、きっと。
(第四回戦 勝者【拳帝】ヴァルバトーゼ)
トーナメント編いかがでしょうか?
アクセス数が意外と多いので意外と好評なのかな?
まあテンポよく終えたらいつものメンバーに戻るので、
もう少しだけお付き合いください。




