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【第三回戦】


「達人は保護されている!

 枯れた年長者が強いなんて眉唾である!

 市井の疑問は至極当然――ならば儂が実証して見せよう。

 半ば伝説のあの方が遂に登場です!

 西門より入場するは、沿岸都市代表【船長】ジェクト!

 東門より入場するは、地底都市代表【剣聖】イゾウ!

 さあ――共に中央へ!」


 観客を煽る様なアナウンスに応じて西門より入場してきたのは、航海士官服を粋に着こなした30前後の伊達男だった。

 荒く陽に焼けた肌に蠱惑的に輝く相貌。

 不敵に嗤うその容姿に観客(特に妙齢の女性)は一瞬にして虜になった。

 事前にその姿を拝見した事があるのだろう。

 横断幕を持った女性たちからは黄色い悲鳴が上がる。

 彼の名はジェクト。

 齢30にして交易船団の護衛艦隊長を務める男である。

 いかにも軟派風な外見だが、甘いマスクに騙され侮ってはならない。

 近海の海賊共にとっては災厄とも称される程苛烈で容赦がない男なのだ。

 悪逆非道の限りを尽くしたヒャッハー海賊団の本拠地へと単身乗り込み、たった一人で皆殺しにした経緯は、この男がただ顔が良いだけでなく実力を兼ね揃えた男である事を実証させるのに十分だった。

 対する東門から入場して来たのはどう見ても60を過ぎた老爺である。

 着流しと呼ばれる東方風の衣装に大小二本の刀を腰に差している。

 白過ぎて銀色にも見える総髪に皴の刻まれた好々爺風の容貌は、威風堂々としているものの、闘技者平均よりも小柄でとても戦いに赴くようには見えない。

 ただ――その老爺を視界に捉えた観客は揃って総毛立ち――冷汗を流した。

 実感し、体感し、把握したのだ。

 この人は……違う。

 噂だけの偽物じゃない、この人は本物だ――と。

 互いに笑みを浮かべながら会場に設けられた開始線に集う両雄。

 司会による開始の合図を無視しながら口火を切ったのはジェクトだった。


「おいおい……ここは敬老会の会場じゃねんだぜ?

 家に帰って孫に囲まれて安泰に過ごせよ、爺さん」

「ほう……随分と威勢の良い小僧だな。

 儂の剣圏に入りながらそれだけ減らず口を利けるとはよ」

「――ああ?

 さっきからこのピリピリ肌に刺さってるやつのことか?

 はん! 大したことねえよ、こんなの。

 海の男を舐めるなよ――くそ爺」


 剣聖のクラスであるイゾウが周囲に展開する絶対殺傷斬撃域【剣圏】――

 それは立ち入った者をすべからく斬り刻むという達人特有のスキルである。

 闘いに疎い観客すら忌避するそれはまさに必殺の領域。

 いつでも自身を殺せるという事実の前では豪胆な者とて数秒も正気を保てまい。

 しかし――ジェクトにとって死は日常である。

 甲板の下、僅か数メートル先は人が及ばぬ死の世界だ。

 今更【メメントモリう】事など在りはしない。

 戦場で磨いてきた技術と船上で鍛えられた精神。

 互いの覚悟は拮抗していた。


「やれやれ……最近の若いのは口が悪いな、おい。

 どれ――年長者として少し躾をしてやるとするか」

「アンタも相当だぜ、爺さん」


 舌戦を終えたジェクトが呆れたように笑いながら両手を振るう。

 何も握ってないのを確認していたイゾウだったが、【直観】の上位スキルである【心眼】が警鐘を奏で、その射線上から身を躱す。

 すると空気を切り裂く音と共にイゾウの総髪が風にたなびく。


「視えない斬撃……いや、違ぇな。

 視えない武器か、これは」

「おう、オレの相棒――無限透明刃【無手】だ。

 気付いたなら、さっさとくたばっておけ」


 ニヤリ、とイゾウの指摘に応じながら腕を振るうジェクト。

 その度に凄まじい切り裂きが生じて会場を揺らす。

 だが――所詮はそれだけだ。

 どういう理屈かは知らないが投げた剣は奴の手元に戻るらしい。

 それを幾度も投げるだけならば脅威はない――


「まっ――そんな訳はねえわな」


 イゾウは肩を竦めると『背後から』から迫った無音の刃を避けた。


「へえ……やるじゃねえか。

 初回で【無手】の奇襲を避けるとはよ。

 さすが伊達に歳はくってねえんだな、爺さん」

「手前こそロートルを舐め過ぎだ、ボケ。

 奇襲に騙し討ちは戦場の十八番だろうが」


 思わず口笛を鳴らし賛辞するジェクトにサバサバした口調でイゾウは応じた。

 そう、これこそがジェクトを強者たらしめる必殺の効果だった。

 彼の操る武器は自在に戦場を舞い――敵を切り刻む。

 魔化されたその刃は完全に透明であり、よくある攻略法……空中に粉等を撒いて軌道を視る等の小細工すら無効化する。

 船上にて多数の敵を一方的に屠るべく生み出された絶対の秘儀。

 さらに恐るべきその真の力とは――


「……ったく、面倒くせえ。

 いったい何本あるんだ――おい」

「はっ馬鹿が。

 いったい――いつから二本だけだと錯覚していた?」


 ジェクトが腕を振るう度、次々に生み出されていく刃。

 避け続けるイゾウの動きにも余裕が無くなってきている。

 イゾウの指摘通り闘技場を無音で舞う刃の数は既に50を超えていた。


「いい加減降参しろよ、爺さん。

 今ならまだ武勇伝を語れるぜ。

 ボクちゃんは色男のジェクト様に頑張って健闘しました~ってな。

 療養所のベッドじゃ様がつかねえだろう?」

「ほざけ、クソガキ」

「そうかよ、残念。

 ああ、そうそう言い忘れてたが――

 オレの【無手】、最大千本に届くんだわ」


 面倒になったのか腕を振るうのを止めるジェクト。

 その瞬間、闘技場内に無数の刃が舞う旋回音が響く。

 最初は戯れに腕を振って刃を投げている振りをした。

 しかしそれすらフェイク。

 本当はいつでも好きな場所に好きな本数を出現し操れるのだ。

 船長ジェクトは【千の刃を操る長】である。

 並列同時思考処理の怪物、それがジェクトの本性であった。


「じゃあな、爺さん。

 達人だが何だか知らねえが――

 アンタみたいな奴、オレは嫌いじゃなかったぜ」


 嘲りのない賛辞と共にフィニッシュを告げるジェクト。

 千本の視えない刃が一斉にイゾウの身に降り注がれる。

 いかな達人とてこの状況を覆すのは不可能。

 勝利を確信し余裕だったその笑顔……それが、凍る。

 自身の身体に刻まれた斬撃を見下ろしながら。


「神威抜刀――【霞斬り】」


 

 面白くなさそうに呟きながら刀を納刀するイゾウ。

 キン……という鞘鳴りの音が周囲に響く。

 いったい――いつの間に抜刀したのか?

 いや――そもそもオレはいったいいつ斬られた?

 身代わりの宝珠が砕け散ったのを実感しながらその場にジェクトは膝を着く。

 まさに致命的クリティカル一撃ヒット

 ただ――気を失う前にこれだけは訊かねばならない。


「オレの【無手】は……」

「あん?」

「オレの【無手】はアンタに間違いなく注いだ筈……

 それが何故……?」

「馬鹿か、手前。

 たかが千本程度の視えねえ刃だろ?

 儂ほどの腕前なら一瞬で斬り伏せるのは造作もねえ事よ」

「あの一瞬で?

 ……化け物だな、爺さん。

 これが達人、これが剣聖か……勉強になったわ」

「世界は広いだろ?

 また相手してやっからよ――それまでにもっと腕を磨いとけや」


 心からの称賛を送りながら気絶するジェクトにイゾウは真摯な声を掛ける。

 伝説の達人の技をその目にした観客は声も出ない。

 だが慌てたようにイゾウの勝利を告げるアナウンスの後――

 今までで最高の大歓声が闘技場を埋め尽くすのだった。







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