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おっさん、背を見送る


「試合、見させてもらったぜ――カルの小倅。

 予想はしていたけどよ……随分と腕を上げたな、おい」


 選抜トーナメント参加者に各自与えられた闘技場控室。

 初戦を終え応援してくれる観客に応じながら俺は何とかここに戻ってきた。

 用意された椅子に腰掛け深々と溜息をつきながら寛いでいると、声が掛かった。

 少し斜に構えたような伝法口調。

 返答する間もなく俺の部屋に入ってきたのは無論、剣聖ことイゾウ先生だった。

 着流しに大小二本の刀を差した、俗に言うサムライスタイルで完全武装だ。

 叙任式で窺った姿とは違うあまりの気迫に思わず気圧される。

 老いて少しは柔和になったかと推察していたが……

 それはどうやら誤りだったようだ。

 物騒な笑みを浮かべ嬉々として俺の下へと来る先生は、昔とちっとも変わらないお姿であった。

 自他に厳しく――貪欲とすらいえる、飽くこと無き武への探求心。

 それが嬉しくもあるし――怖いとも感じる。

 老成した現在でさえ、この威容なのだ。

 もし全盛期だったらクラスチェンジした今の俺ですら及ばないのではないか?

 先生には何故かそう思わせる凄みがある。


「スキルや技術的なもんも大したもんだったがな……

 一番の見所は――やっぱ最後だわ。

 巨人族の有望株を、まさか力でいなすとはよ」

「いや……

 俺が説明しなくともご承知でしょうが、色々反省点は多いですよ」


 リーガンとの試合を思い返しながら先生の感想に反論していく。

 武術というか闘争の基本。

 それは相手の持ち味を活かさず一方的にケリをつける事だ。

 生死が掛かった戦いである以上、それが原則であり鉄則なのは確かである。

 しかし今回は降参や各種安全対策が為された随分平和的なトーナメントだ。

 俺達に大会運営側から各自支給されている【還命の宝珠】という魔導具は、万が一即死するような攻撃を喰らった際、身代わりとなってダメージを吸収してくれるアイテムだ。

 非常に高価な代物だが、背に腹は代えられないのだろう。

 勇者隊に属する隊員のお披露目兼隊長選抜がトーナメントの趣旨。

 この大会で死人が出ては本末転倒も良いところだしな。

 まあこの宝珠のお蔭で全力を振るえるし、気兼ねなく戦えるのも確かだ。

 そうなったら沸々と出て来てしまったのである、俺の悪い癖が。

 師匠であるファノメネルからも「お前は出来は悪いが、教えるのは上手い」とのお墨付きを頂戴するくらいには俺の育成技術は巧みらしい。

 俺自身も誰かを鍛えるのは性に合っている。

 人類の趨勢を決めるこんな重要な戦いだというのに、どう見ても自分の力に振り回されコンプレックスを抱えてそうなリーガンと接している内に「ならば俺が示してやる」というお節介な一面が出てしまった。

 あんな安い挑発で攻撃を誘い訓示を垂れるのは自殺行為以外の何物でもない。

 相手は自分と同じクラスチェンジを迎えた歴戦の勇士なのだから。

 けどこれから共に戦う者として、リーガンという気のいい男が抱える必要のない重荷を持ち続けるのは見るに忍びなかった。

 その結果があの全力攻撃の受け止めと力比べだ。

 後の試合の事を考えるならあんな無茶は絶対止めるべきだし、奥の手は最後まで隠し続けるべきだった。

 実際顔には出さないよう懸命に我慢したが――

 見えない部分で身体に受けた損傷もかなりのものだ。

 筋肉や腱の裂傷や断裂、高稼働した神経系の疲労、骨格への微細な罅。

 今も闘技場所属の専門敷設術師達によって対戦リングが直されているが、衝撃で足元に大規模クレーターが出来るほどの一撃だったのである。

 まったくの無傷という訳にはいかなかった。

 ただ、心優しいリーガンの抱えていた闇と矛盾は払拭出来たと思うし――

 無茶をした成果もあった。

 実戦で【〇〇】を使うことが出来たのだ。

 ならば――俺にとっても悪い結果ではない。

 ただそんな俺の胸中を見透かしたように、先生は鋭利な眼を細め唇を歪める。


「まっ……おめえが納得してるならいいんだがよ。

 ただ、もっと楽に戦えたろうに」

「性分なもので」

「違えねえ。

 親子揃って不器用もんだな。

 しっかしおめえよ……アレはいかんだろう」

「――アレ、とは?」

「とぼけるなよ。

 最後のアレだよ、アレ。

 アレを使いこなされたら――こちとらおまんまの食い上げになっちまうわな」

「……流石ですね、先生は。

 刹那にも満たない発動だったのに――もう見抜きますか」

「こちとら、ずっと切った張ったの日々を過ごしてきたんだぞ?

 そういった事に目端は利くんだよ。

 それにもう一つ突っ込みどころがあるな」

「何でしょうか?」

「どうして闘気を使わねえ?

 補助魔術だけじゃなく闘気術を使えばそこまで損傷を負わずに済むだろう?」

「それは……」

「――まあ、いい。事情があるんだろう?

 良いもん見せてもらったのは確かだ。

 どれ――そろそろ対戦の呼び出し待機口に集まる時間だな。

 儂も少しばかり弟子の前で格好をつけてみるとするか」

 

 ニヤリ、と男臭い笑みを浮かべ歩み去るイゾウ先生。

 そっと【神龍眼】で読み取ったその小柄な背中を、俺は何も言わずに見送る。

 控室に備え付けられた魔導モニターは、二回戦の開始を告げようとしていた。






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