【第一回戦】②
「ま、魔法だべか……
何でオデの攻撃が当だらねえ!?」
空振りというのは存外に体力を消耗する。
息が乱れたのか距離を取り呼吸を整えるリーガン。
一方のガリウスはというと、あれだけ攻め込まれて回避したというのにまったく疲れた様子がない。
どころか肩に乗せたままの刀をポンポンとリズムよく叩きながら解説し始める。
「魔法なんかじゃないぞ。
これは立派な技術だ」
「技術?」
「そうだ。
人が自身より強い存在と戦う為に編み出し、練磨され続けてきた技術こそ武術。
その最果ての先にある奥義――絶招の秘儀。
多角的な攻撃を事前に察知し回避へ導く空間把握【明鏡止水】
流れる水に浮かぶ波紋のように澱みのない回避術【流水波紋】
俺はこの二つを同時に併用し、限りなく物理回避率を上昇しているだけだ。
お前さんは間違いなくこのトーナメントで一番の力持ちだろう。
でも……当たらなければどんな攻撃も意味はない。
そこにお前さんと俺との戦いの遍歴差が出る。
俺にお前さんの様に恵まれた肉体はなく、戦いは常に接戦だったからな。
いかに相手を出し抜き一撃を浴びせるか――それに全てが掛かっている。
残念ながら積み重ねた戦闘経験が違い過ぎる。
このまま続けても、お前さんは絶対――俺には勝てない」
「うっ……う“っ……
それでも、それでも当だれば……」
「そう思うか?
ならば――次は回避しない。当ててみろ」
「え“っ……」
「お前さんの全力を、真っ向から俺が受け止めてやる。
その上でお前さんに力を示してやる。
それならば納得するだろう? さあ――来い!」
「をっ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一瞬、罠かと疑ったが――
このガリウスという男はそういう姑息な真似はするまい。
短い戦いの間でも分かり合える、信頼にも似た何かがそこにはあった。
ガリウスの言葉に既存のスキルを組み合わせ最大の一撃を振るうリーガン。
戦術級魔術の爆発にも似た大槌の一撃が閃光を放ってガリウスに叩き込まれる。
言葉通り逃げずに刀を構え、正面から受け止めるガリウス。
そして――
「う、嘘だべ……」
一撃を放った姿勢のまま驚愕にリーガンは身を震わす。
自身の最高の一撃が完全に受け止められていた。
それどころかこうしている今も徐々に力で押し返されている。
またも魔法かと思ったが――ガリウスの足元には凄まじい圧力を受けた事によるものと思わしき罅割れた亀裂が、放射状に奔っている。
こいつは逃げなかった。
自分の一撃をきちんと受け止め、そして反撃に出ている!
驚く間もなくガリウスから膨大な圧力が放たれ、徐々に大槌が返されていく。
信じられない……これだけの体躯差をモノともしないなんて!
こんなに小さいのに、こいつは何て奴なんだ!!
リーガンの心に畏怖と――憧憬が浮かび上がる。
「――力点、支点、作用点における荷重位置の見極め。
さらに磨いた身体操作技術を駆使すれば、こういう芸当も可能となる。
まあ柔良く剛を制するとはよくいうけどな……最終的には力だ。
お伽噺の聖騎士もよく言っていただろう?
鍛え抜かれた力があれば――大概の事は解決する、ってな!」
「ぬおっ!」
一気に解放されたガリウスの力に押し負け尻餅をつくリーガン。
その首元に刀の切っ先が向けられる。
「さあ――まだやるかい?
納得いかないなら、お前さんが納得するまで付き合うが」
「……いや、十分理解しだ。
おめえの力を見抜けず侮った、オデの――負けだ」
武器である大槌を手放し降参宣言をする。
すかさず司会による勝利宣言が拡声器により闘技場にコメントされる。
「勝負あり、それまで!
勝者――ガリウス!!」
――瞬間、怒号にも似た歓声が闘技場を揺るがす。
かませ犬と思しき戦士が巨人族を圧倒した――しかも力比べでも勝った。
人族としてこれは信じられない快挙だ。
新しい英雄の誕生に観客はこぞってガリウスの名を呼ぶ。
当のガリウスは倒れたリーガンへ手を差し伸べ引き起こそうとしている。
自然とその手を掴むや恐ろしい力で上体を起こされるリーガン。
まだこれだけの余力があったのか。
なるほど、勝てない訳だ。
しかし――何故だろう?
負けたのに悔しくない……それどころか、いっそ清々しい気さえする。
自身でも不可解な感情に首を傾げているとガリウスが笑顔で話し掛けてきた。
「――それでどうだ、全力を出した感触は?」
「……え“っ?」
「生来優しいお前さんのことだ。
今まで本気で全力を出したことがなかったのだろう?
けど――今日、初めて全ての力を出し切ったんだ。
今まで全力を振るう機会に恵まれなかったその身体だが……
どうやら歓喜に震えているみたいだぞ」
ガリウスの言葉にリーガンは茫然と自分の身体を見下ろす。
巨人族の誇りである巨大な身体が震えていた――新しい境地と可能性を知って。
そうか、オデは嬉しいのか。
だから――悔しくないのか。
生まれてこの方、持て余していた自己の肉体。
同族からも惜しみのない称賛と――隠れて恐れられていたこの力。
行き場のなかったその存在意義がついに為された。
拳を握り、押し寄せる衝動に身を震わせるリーガンを優しく見守るガリウス。
こうして勇者隊隊長選抜トーナメント一回戦は、精霊都市代表であるガリウスの勝利で幕を閉じた。
またこれが後に知れ渡る英雄のおっさんの――人目に触れた初舞台でもあった。




