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【第一回戦】①


「西門より入場するは、工業都市代表【壊士】リーガン!

 東門より入場するは、精霊都市代表【英傑】ガリウス!

 さあ――共に中央へ!」


 熱気渦巻く闘技場。

 テンションの高い司会の呼び声に従い、闘技場の左右に設けられた入場門から、二人の人物が顔を覗かせる。

 最初にその全身を見せたのは西門より入場したリーガンだ。

 巨躯揃いの巨人族の中でも更に大柄な体型であり、全長は3メートルに届こうとするくらいの長身である。

 幼児の背丈くらいある節くれたその手には、頑丈で巨大な大槌を携えていた。

 普通これだけの巨躯となれば脂肪なり贅肉なりが付き纏うものだが、恐ろしい事にその全身は鍛え抜かれた実用的な筋肉で覆われている。

 となれば、一見すると武骨にしか見えない大槌も見方が変わってくる。

 あの剛力で振るわれたら、どんな敵も一撃に違いあるまい。

 そう――おそらくは魔族さえも。

 実際彼はたった一人で城攻めを行い城の建造物を全て独力で【解体】してのけたという逸話があるのだ。

 故についた二つ名が【壊し屋】であった。

 さらにクラスチェンジを経て彼が授かったのは【壊士】という物を壊す事に対し大きなアドバンテージを得る事が出来るクラスである。

 リーガンは朴訥そうな外見の青年だが、練磨されたその肉体はまさに鋼の塊。

 その頼もしさと偉容に闘技場のボルテージは最高潮に達しようとしていた。

 だがもう一人の対戦者が姿を見せた瞬間――会場に落胆にも似た溜息が漏れる。

 何故ならば反対側から入場してきたのは、冴えないおっさんだったからだ。

 ボサボサの黒髪に鋭い紫眼。

 現場叩き上げ、歴戦の勇士といった感じの渋い容姿だが……30前後の中年。

 薄汚れた革鎧の端々から覗く無駄のない筋肉を見るに確かに鍛えられてはいる。

 異国の刀と呼ばれる武器を手に歩む足取りは軽やかだが……攻城兵器とでもいうべきリーガンを見た後では、どこか頼りない印象を受けてしまう。

 魔剣の勇者アレクシアのパーティに所属しているらしいが――

 おそらくはお目付け役か何かなのだろう。

 Sランクパーティの功績とはいえ、こんな場違いな舞台に放り込まれ可哀想に。

 初めて耳にする【英傑】というクラスも【壊士】【勇者】に及ばないだろうし。

 いわゆる当て馬というやつか――

 穏やかな微笑を浮かべ歩み進むガリウスに対し観客から同情の視線が集まる。

 その一方で、ある程度以上の実力を持つ者達はガリウスを見て震えた。

 ――何だ、アレは……?

 あんなにも体幹を崩さずに人は動けるのか?

 何気ない歩みすら一切の無駄が無く――まるで優雅な舞踏のようではないか。

 ただ歩くという姿にすら――驚嘆すべき畏れを纏っているかのように。

 飄々としたその姿に彼等は、揃ってある伝説を思い返していた。

 豪華絢爛たる死を招き呼ぶという舞踏の化身。

 万象の死神とも称される其れは、まさしくアレの事を言うのではないか?

 様々な人々の思惑が渦巻く中――遂に相対する二人。


「それでは只今よりトーナメント第一回戦を開始致します……

 始めえええええええええええ!!」


 気合の入った司会による対戦開始の号令。

 出方を窺うガリウスに対し、口火を切ったのはリーガンだった。


「お、お願えがある――

 降参しでくれないが?」

「――ん? どういう意味だ?」

「お、オデは――いつもやり過ぎちまう。

 何回か人族とも戦ったことがあるけんども……

 皆、再起不能になっちまった。

 アンタをそうはしたくない、だから……」

「……優しいな、お前さんは」


 長身を屈め必死に懇願するリーガンに、ガリウスは労わる様な微笑みを送る。

 目の前の巨人族が、標準的な人族である自分を本気で心配し慮っているのが心底分かったからだ。

 壊し屋と呼ばれるほど豪傑な男がこんな繊細な一面を持っているとは――

 おそらくリーガンは今迄本気というもの出したことがないのだろう。

 些細な事で壊れてしまう全てに対し、彼は臆病なほど慎重なのだ。

 だが――だからこそここで応じるべきは降参じゃない。

 ゆっくりと鞘から刀を引き出しながらリーガンを安心させる様に声掛けを行う。


「気持ちは嬉しいし、有難く頂戴しとく。

 けど……俺相手に遠慮はいらないぞ」

「え“っ?」

「お前さんをあしらうくらいは俺でも出来るってことさ。

 さあ――手加減無用だ! 全力で来い!」

「ちゅ、忠告はしたがらなっ!!」


 刀を肩に担ぎながら、空いた手で手招きするガリウス。

 リーガンはそれを挑発と受け取ったのだろう。

 2メートルを超える大槌を両手で軽々構えると俊敏な動作で間合いを詰める。

 そして――繰り出されるのは嵐のような連撃。

 大槌が唸りを上げてガリウスへ襲い掛かる度、爆風にも似た空気の破砕音が周囲に響き渡る。

 闘技場内は安全面を配慮し高度な魔力障壁で覆われ物理的なダメージは観客席に及ばない造りとなっている。

 だからこそ人外の魔戦を一般人が観戦できる。

 とはいえ、あの大槌が人に当たればどうなるのか――?

 推測は容易だ。

 会場に集った観客の多くは頭に上った血の気が一気に引けていった。

 しかし――


「な、なんで当だらねえ!」


 攻めているというのに焦燥に駆られているのはリーガンだった。

 全てを破壊してきた自慢の連撃……それが当たらない。

 当たれば肉を、骨を、石を、鉄を、城さえも砕く必壊の一撃。

 全力で休みなく繰り出す大槌、その全てがガリウスに当たる直前に擦り抜けてしまうのだ。

 まるで幽体でも相手にしているかのように。

 観客も異様な光景に次第にざわめきを上げる。

 そんな中――試合内容を映す選手待機室の魔導モニターを見ている剣聖イゾウは唇を歪め愉悦に浸る。

 僅かな間とはいえ、教えを説いた弟子の成長ぶりが嬉しかった。


「その歳で【明鏡止水】と【流水波紋】をそこまで使い熟すのかよ……

 儂がその域に至ったのは60を過ぎてからだぞ? この――化け物が」

 





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