おっさん、真摯に返答
「辺境を蹂躙していた死神ペイルライダーを見事打ち倒し……
さらに人の世を蝕む魔神将を撃退し、精霊都市はおろか海底都市【白亜の都】の窮地をも救った功績を讃え――
汝、ガリウス・ノーザンへ我がリヴィウスの名に置いてS級を授ける!!」
厳粛な雰囲気の中――賢王と名高きリヴィウス・ネスファリア・アリウス二世の携えた剣が傅く俺の肩に当てられる。
刹那、急造された謁見の壇上に万雷の拍手と歓声が沸き上がる。
後方で俺を見守ってくれている仲間達も大はしゃぎをしている様だ。
特にいつも無表情なリアですら興奮した声を上げているのが聞こえる。
水晶館に設けられた叙任式場の興奮は最高潮に達していた。
それは宮廷にありがちな作られた熱気や賛辞でなく、真に迫った本物だった。
俺以外に今回S級を受けた者は複数いるが、その都度歓喜の渦が巻き起こる。
無理もあるまい。
ここに集まった者達は各国の行く末を案じ実際に執務を取り仕切る者らだ。
この数か月の間ロクなニュースは無く、悲嘆しながらも耐えてきた者達。
魔族の復活に侵攻、頼るべき己が国の騎士団の連敗。
召喚術師らの活躍によりどうにか拮抗状態に持ち込んではいるが……
それも果たしていつまで持つか分からない状況下である。
明るい話題に飢えているのは当然だし、何よりこれからトーナメントで選出される者により結成される勇者隊は文字通り人類の切り札というべき存在と成り得る。
今ばかりは羽目を外し、まるで英雄に焦がれる少年のような喜びに身を任せたとして誰も責めはしまい。
かく言う俺も振り返り仲間と喜び合いたい衝動を堪えるのに必死だった。
「よくぞこれまで民の為に戦ってくれたな、ガリウスよ。
汝の父も音に聞こえし勇士だったが、汝の功績はそれ以上だ。
これからも力無き人々の為力を尽くしてくれ」
穏やかな笑みを浮かべ、リヴィウス王が俺に語り掛けてくれる。
それが決して社交辞令で作られたものでなく、きっと本心からそう思っている事が俺には何故かすんなりと理解できた。
――ああ、この方は民草を見捨てられない優しき王だ。
執政者としてそれは時として誤った判断を招く事もあるだろう。
だがだからこそ――この方を支えたいと思う気持ちが皆生じるのだろうな。
それ故、俺は自然とその言葉に返答していた。
「一命にかえましても」
俺の返答に王は困った様な……父が年若い我が子を窘める様な顔で応じる。
「それはいかん、ガリウスよ。
汝は今これよりS級となり、やがて結成される勇者隊の一角を担う者となる。
汝は人族の御旗――人々の希望となる存在じゃ。
魔族が跳梁し始めた結果、人心は不安に揺れ動いておる。
皆の安寧の為にも、汝はこれより尽力せねばらぬ。
よって安易に命を懸ける等という言葉を口にしてはならんぞ。
無様でも良い、惨めでも良いのだ。
足掻いて足掻いて――足掻きまくれ。
人の力を、人の強さを――皆に示し続けてほしい」
流石は賢王というべきか。
S級としての訓示だけでなく俺の身と民の心をも案じて頂けるとは。
本当に市井に対しても分け隔てがない方だ。
従来の価値観を持つ宮廷の【貴族派】から疎まれているのが分かる気がする。
しかし仰った言葉は心に沁みた。
実際S級認定者の死因の半分近くを占めてるのが、行き過ぎた戦意による無謀な討伐などによるものなのだから。
浮かれて足元が覚束なくなるのではなく、無様でも生き残れとは驚いた。
死した英雄より生きて戦い続けろという激励なのだろう。
人々の笑顔の為に動いてきた俺達。
損得抜きの依頼も俺の我儘で嫌がらず受けてきたから実入りが良い訳ではく、これまであいつらに苦労を掛けてきた。
しかし今回のS級叙任は行動に結果が伴い評価された様な形となる。
俺ばかりでなくパーティとしてのSランク認可も下りた。
だが――それでも俺達だけでなく皆に助けてもらったからこそ、だ。
様々な人々の様々な助力があったからこそ俺達は戦ってこれたのだ。
精霊都市におけるノービス伯爵やレイナ、マウザーにマリアンヌに――メイア。
海底都市【白亜の都】におけるレティス・レファス姉妹――酒場の主人や気の良い冒険者達の顔が思い浮かんでいく。
そんな俺だから今回のS級授与を重荷に感じていた部分があったのは確かだ。
しかし――王の言葉で俺は理解した。
俺はまだ「過程」なのだと。
いつか訪れる終点へ向けての道中に過ぎないのだと。
なればこそ俺は誇りを以って戦える。
今は未熟でも――いつか万全に到りたいと思う俺を皆に見てもらいたいから。
「――はい、畏まりました。
まだまだ未熟でおっさんな自分ですが……
これからも出来る範囲で、精一杯頑張りたいと思います」
俺の本心からの言葉に――
王は呆気に取られた様に目を丸くし、労わる様に破顔した。




