おっさん、毅然と拒絶
「しっかし、まあ――
召喚難度カテゴリーAに属するシャドウストーカーを苦も無く一撃とは……
それに今しがた、召喚陣そのものを斬ってやしませんでしたか?
相変わらず常識外れな腕前ですねぇ……惚れ惚れしやすよ」
庭園の茂みの陰から頭を掻きながら面倒臭そうに出て来たのは、ボロボロの赤いローブに身を包んだ中年の男だった。
ヒョロリ、とした痩身で陰鬱な顔をした陰気くさい男である。
何より特徴的なのはその手に持つ革の魔導書。
光り輝く炎の象形が刻印されたその魔導書を見るまでもない。
俺は――この男を知っていた。
「ドラナー・チャン……何故ここに」
俺の誰何にドラナーは酷薄な微笑を浮かべ応じる。
ドラナー・チャンは南方地域で名を馳せた召喚術師だ。
直接やりあった訳じゃないが、戦場で幾度か相見えた仲である。
矢継ぎ早に解き放つ炎弾や召喚された火蜥蜴に苦戦させられた。
さすがは【紅蓮】の異名を誇る召喚術師と言えよう。
だがこいつの怖さの本質はそういった召喚術や物理攻撃をほぼ遮断する疑似位階【フォースフィールド】によって護られた召喚術師特有の固有能力などではない。
自身の価値観に基づいた徹底した合理主義こそ恐ろしい。
依頼の契約に違反し、民間人に危害を及ぼそうとした傭兵仲間を瞬時に切り捨て処断する冷酷な判断力。
無論、非があるのはその傭兵で――処断したのは正しい行為だ。
でも――俺はその時のこいつの顔を見ていた。
人を一人始末するのに何の感情の揺らぎもなく……
ただ物事の処理を理性的に割り切って考え合理的に判断しようとするスタンス。
明らかにドラナーの事を舐め切っていた傭兵仲間達が、それを機に畏怖を抱いて接する様になっていたのを後日確認している。
どこまでこいつの計算だったかは分からない。
しかし決して油断して掛かって良い相手ではない。
何より驚異的なのは俺の気配探査網やリアの魔導探知圏すら擦り抜け、いきなり間近に現れた事だ。
召喚術にそういった事を得意とする術式があった事を俺は思いだす。
もしかするとこいつこそがアン王女を狙う刺客なのか?
考えたくはないが、今のシャドウストーカー襲撃を囮に何かしらのリアクションを取られていたら、致命的とは言わないがかなりのアドバンテージを失っていた。
俺としても晴れの舞台を前に手荒な真似はしたくない。
されど――敵対するというのならば、こちらも覚悟を決めるまで。
内心の動揺を鋼の闘志で覆い隠し、俺はドラナーを見据える。
俺の抗戦的態度に追随し、理由を聞かずにリアやフィーもドレス姿のまま瞬時に戦闘思考へと切り替わっていく。
こういった判断力は我が仲間ながら素晴らしいと思う。
何故? どうして?
疑問に感じるより早く脅威に対する切り替えを行わなければ、過酷な戦場では命を落とすからだ。
無言のまま高まる緊張。
でも――その緊張はメイドの一言で崩壊した。
「もう……
出てくるのが遅いですよ、ドラナーさん!」
「ああ、すいませんねぇ。
大物に気取られていたら一匹逃してしまいやして。
だが旦那がいてくれて対処できたし……いや~良かった良かった」
「いや~良かった良かった……じゃ、ありません!
ガリウス様達が対処できなかったらどうするつもりだったんですか!
もっとペティアン様の護衛役としての自覚をですね!」
「一応、アン王女には害意あるものを一切寄せ付けないという、目に視えないハイレベルなバリアを張ってあるんですが……」
「それとこれとは話は別です!
いいですか、そもそも襲われてしまったら精神的な負担が……」
「最善の対処法を施し、且つ謝ってるのに許してもらえないとか……
世間は中年に厳しいですねぇ」
どこか涙目でこちらに同意を誘うドラナーの視線。
同じ中年とはいえそういった仕草は可愛くない為、俺は毅然と拒絶する。
とはいえ見殺しにするのも偲びないか。
どうやらアン王女を狙っている召喚術師とは別口……むしろ警護役らしいしな。
俺はリアやフィーと顔を見合わせ苦笑すると、ドラナーのフォローに入ると共に放っておくと叙任式に遅れそうなアン王女らの後を追うのだった。
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