おっさん、事情を把握
「よ、ようこそ王宮別邸【水晶館】へ!」
目的地である絢爛豪華な水晶【ガラス】がふんだんに使用された建物の庭先で、到着した俺達を迎えてくれた存在――それはまだ幼いといってよい姫君だった。
年齢は成人である15に遠く及ばず、12に手が届くか否か。
流れるような金髪に宝玉の様に煌めく碧眼。
華奢な肢体を華やかな純白のドレスに身を包んでいる。
緊張しているのか、顔面は紅潮しており四肢は震えているが……
身なりから察するまでもない、間違いなく高貴な生まれの出だ。
おそらくランスロード王家に繋がる姫君が一人。
しかしそれならば従える侍女が一人しかいないというのはおかしい。
だが――彼女の衣服に編み込まれている紋章に刻まれた意匠を見取った俺は事情を把握する。
「わたくし共のような市井の者に対し丁重なお迎え、まことに痛み入ります。
第六王女――ペティアン王女殿下」
「わ、私の事を知ってるんですか!?」
俺の挨拶にペティアン王女は素で驚いたような顔をする。
彼女は由緒あるランスロード王家の末姫である。
妾腹出身であり王宮での序列も最下位と聞いた。
民間から王に見初められ嫁いだ娘の子という事で何かと虐げられている、とも。
とはいえ王位継承権を持っている本物の王族であり本来ならこんな役割をすべき身分ではない。
でも彼女の驚き具合からおおよその事情が窺えた。
「他の御兄妹様はご壮健でございますか?
お姿が見受けられないようですが――」
「ああ、お兄様達は他の方の――」
俺の問い掛けに対しそこまで返答し掛けた時、王女付添いの侍女がそっと耳打ちをし、彼女は慌てて口をつむぐ。
やはりな。
推測通り俺達以外の招待者に対し別途王族関係者の歓迎が付く感じか。
きっとこれを機に今後の有力者候補――S級叙任者と交流を深めよ、という賢王と名高きリヴィウス王の采配なのだろう。
以前にも述べたかもしれないがS級という地位は社会的なステータスも兼ねる。
勇者であるシアが子爵クラスの扱いをされるのと同様、S級は男爵クラス相応の扱いを各国で受けることが可能だ。
望めば一介の冒険者が王にすら謁見できる立場。
さらに冒険者は国に縛られず、市井からは英雄と持て囃される。
権力者にとっては無下に扱えば臣民の反感を買うどころか人望を失いかねないという、まことに危険な火薬庫みたいな存在でもある。
だからこそ今回のランスロード王の対応なのだろう。
自分の息子娘がS級に連なるものを迎えることで最大限の賛辞を示す。
俗物な王には出来ない思い切った采配である。
まあ、もっとも――幾分かその采配には宮廷独自の力加減が働いているようだ。
きっと高名な者には上位の王位継承者を、有名でもない俺に対しては末姫を宛がっている状況からある程度宮廷内の派閥関係は理解できる。
王女は王位継承戦から最も外れた地位の為、大した後ろ盾がないのだろう。
付き添う侍女が一人というのもそういった事情に違いない。
ペティアン王女自身はそういった周囲の思惑を知らず、父から与えられた役割をこなそうと必死なのだろうが。
「色々と事情があるようだ。
我々も深くはお尋ねしません」
「あ、申し訳ございません!
私の様な者よりお兄様やお姉様の様な方々が出迎えた方が良かったですよね……ごめんなさい」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。
なあ、みんな?」
「うん、勿論!
ボクの名はアレクシア!
よろしくね、王女様!」
「ん。同じくミザリア。
生の王女にお目に掛かれるとは眼福」
「その言い方はどうなんですの?
ご無礼失礼致します、王女殿下。
わたくしはフィーナと申します、どうぞよしなに」
「承知だと思うが【気紛れ明星】のリーダー、ガリウスです。
今日は王女自らのエスコートなど恐れ多く、感謝に堪えません」
ペティアン王女自らが出向いてくれるという状況はかなり異常だ。
だが懸命に役割をこなそうと努力する彼女に俺達は好感を持った。
そんな友好的な雰囲気が伝わったのか、王女の肩から強張りが抜ける。
すると彼女の顔に浮かんできたのは好奇心。
緊張が消え溌溂とした表情を見るに、こっちがいつもの王女なのだろう。
「魔神殺しの戦士様に、学院の賢者様、教団の聖女様……
そして何より魔剣の勇者様……」
「え? 何々?
どうしたの、ペティアン王女様?
何でそんな夢見る乙女の瞳でボクに近付いてくるの?」
「そんな、ペティアンなんて他人行事な。
親しい方々はアン、と呼んで下さいますの。
だから皆様も私の事はアンとお飛びください……」
「し、質問に答えてよ~」
「私、以前からシア様の事をお慕いしてましたの!
歌劇に謳われる魔剣の勇者アレクシア。
紅を纏いし勇壮なる麗しきお姿とは聞いてましたけど……
こうして実際にお会いしたら、想像以上に素敵な方なんですもの!
私、凄く感激しました!
ねえ、シア様……良ければ握手をして下さりませんか?」
「別に構わないけど……」
「きゃあああああああああ!! ありがとうございます!!
私、もう一生この手を洗いませんわ!」
「いやいや、そこは衛生面的にも洗おうよ?」
珍しいシアのツッコミは狂喜乱舞するアン王女の歓声に搔き消された。
王女の反応を見るまでもなく、シアは公認勇者の中でもかなり人気が高い。
冒険譚を綴った小説は各国でベストセラーに輝いてるし、勇者になる過程を丁寧に表現されているという噂の歌劇は満員御礼の日々だ。
今までもミーハーなファンに囲まれた事があったが……どうやらアン王女はその中でも過激なファンの一人のようである。
しかも王女という立場もある為、余程無礼を働かない限り適当にあしらうことも難しい。
どう対応して良いか困惑のマジ顔で助けを求めるてくるシアに対し、俺は目線でお悔やみと、頑張れの意味合いを込めた励ましのサムズアップを送るのだった。




