おっさん、勧誘に辟易
「頑張ってください、教官!」
「ぼ、僕達も応援してますから!!」
闘技場に響き渡る歓声の中から見知った声が聞こえた為に目線を向けると、騎士隊として最前線に送られていたアルベルトとクリストファーの姿を発見した。
何やってるんだ、あいつら。
せっかくの貴重な休暇なのにこんなところに来て。
だが教え子が見に来ている以上――情けないところは見せられないな。
他の大会参加者と共に観衆に応じながら俺は気合を入れ直す。
さりげなく様子を窺うと、戦場帰りなので少しやつれているが、その身に纏っているオーラは怖いほどに研ぎ澄まされているのを感じる。
明るく自信に満ちた表情から察するに心身共に健常なようだ。
二人のその様子に心の底から良かったと安堵する。
過酷な戦場での日々は心身を蝕む。
心因性のストレスは目に見えない澱みとなり累積されるからだ。
しかし――残念ながら敵はそんな事情を鑑みてくれない。
ならばどうするか? 答えは簡単だ。
劣悪な環境に負けない自己を練り上げればいい。
師匠から身をもって伝授されたこの脳筋理論は意外にも応用が利き、今迄に俺は幾人もの教え子たちを鍛え実践してきた。
現に教官として心を鬼にして鍛え上げた騎士達は、最果ての地で行われている対魔族の戦場で精鋭として名を馳せている。
その理由は単純だ。
俺が鍛えた騎士達は術師に頼らない単独での下級魔族討伐が可能だからだ。
これまでは異界の客人が召喚した聖獣や魔獣らの護衛、もしくは術師を守る文字通りの肉壁として務めてきた不遇な彼ら。
僅か50人ばかりの少数とは言え、それだけの戦闘人員が魔族の位階障壁を物ともせずに戦えるようになったのは大きい。
詠唱を必要とし有限な魔力に左右される魔術は決定打に欠くからだ。
そこにきてポーションや法術で回復できる体力自慢の騎士の参入……
戦況はこれによりかなり改善されたらしい。
何とか交代で戦闘人員を休暇させる事が出来るほど。
久々の休暇をもらい王都に戻った者達からは【精霊都市の切り札】と称される様になった彼らの評価は高く、感謝が絶えない。
全て厳しい訓練に耐えたあいつらの功績だと思うと俺も晴れ晴れしい。
無論、訓練であれだけ追い込んだのにもちゃんとした理由がある。
神龍眼で読み取ったあいつらの記述は【どこにでもいる騎士】という名のモブに過ぎなかった。
これでは下級とはいえ【魔族】という名のカテゴリーに属するキャストの物語に干渉し突破する術――即ち、位階を突破できない。
なのでいまや【英傑】にして【龍神の使徒】としての役割を得た俺の肩書を利用し、付与することを思いついたのだ。
訓練に耐え抜いたあいつらの表記は【英傑の教え子】に変化した――させた。
これにより下級とはいえ雑兵である魔族には対抗できるようになったのだ。
勿論【書き換え】……リライトスキルにより記述を無理やり変える事は可能だ。
しかし名に見合った実力が無ければ結局死ぬだけである。
だからこそあの訓練は必要だったと断言できる。
訓練をこっそり覗き見た者たちによる噂……『勇者パーティの鬼畜ドS教官』は実在しないのだ。
まったくどこの誰だ、そんな根拠のない噂を流すのは。
リアやカエデの協力で見つけ出し、誠心誠意【説得】しなくてはならないな。
観衆に微笑み応じながらそんな事を考えてると、俺に話しかけてくる者がいた。
「久しぶりですねぇ~旦那」
「ドラナーか」
俺の傍へと近寄り、どうにも胡散臭い笑みを浮かべているのは今大会の参加者の一人、ドラナー・チャンである
凄腕の召喚術師にして【紅蓮の踊り手】の異名を持つ達人。
戦場で幾度か刃を交えたこともある旧知の仲である。
とはいえ互いに傭兵として雇われていただけで、別段恨みがある訳じゃない。
むしろ清々しい気質を好ましくすら思っている。
戦いに巻き込まれてしまった一般女性に暴行を働こうとした傭兵仲間を、独自の判断で即座に裁いたのを俺は目撃している。
召喚術で紅蓮の炎を呼び出すと有無を言わさず焼き尽くしたのだ。
傭兵も冒険者も信用が第一であり鉄の掟がある。
依頼主を裏切らない。
契約は可能な限り遂行する。
堅気には手を出さない。
その信用を貶める行為は第一級の戦犯行為であり処断されて然るべきである。
契約時に結ぶ項目にもそう記載されている。
だからこその判断なのだが……飄々とした見た目にそぐわぬ冷酷な処断だった。
昼行灯とまでは言わないが、油断して掛かって良い人物じゃない。
「それで例の件はどうですかねぇ?
少しは考え直してくれやしたか?」
「お前……あの話、本気だったのか?」
「当然でしょう。
名実共に今や旦那の株はうなぎのぼり中だ。
最も相応しい人物として推挙できるってもんでっさ。
まあ、あっしとしては旦那の腕を昔から信じてるんでね」
「随分気に入られたもんだな」
そのドラナーなのだが……
何故か俺の事を買ってるらしく、先日行われたS級就任式兼トーナメント大会の祝賀会で再会してから俺を引き抜こうと躍起になっており困る。
シア達の事もあるから丁重に断っているのだが、何ならば勇者ごと雇いたいと豪語してくる始末で正直手に負えない。
通常なら一蹴するところだが……
師匠が関わっている案件だけに俺も無視できないしな。
今も陰鬱にネチネチと口説いてくるドラナーに辟易しながらも、俺は色々あった就任式の事を思い返すのだった。




