おっさん、死人に鞭打
「も、もう……駄目っぽい(はあはあ)
ぼ、僕そろそろ死ぬから……」
「しっかりしろ、クリス!
死んでも楽にはならねえぞ!
脱落者の末路を、俺達は見ているだろうが!」
「そ、そうだった……」
朦朧とする意識がアルベルトの言葉でどうにか覚醒する。
新しく就任した教官が来て二日。
僕達はひたすら練兵場を走らされていた。
そう……初日から今の今まで休みなく、だ。
睡眠? 食事?
美しきそんな単語は既に忘れてしまった。
今の僕達はただ使い魔のゴーレムみたく強制的に走らされている。
意思なき瞳で無表情に走る様は、さながら俊敏なゾンビだろうか。
しかしそれも仕方ないと思う。
ただ走るだけなら僕達も騎士だし体力には自信がある。
けど、教官の仲間である賢者が僕達に施したデバフ術式が僕達の身体を二重三重に捉え絡め取ってしまっている状況なら別だ。
一歩を踏み出す度に関節は悲鳴を上げ――
更なる一歩を踏み出すたびに筋肉が断裂する痛みを発する。
何が辛いって、体力を失い気絶したり出来ないのが辛い。
聖女が練兵場に設置した弱回復のエリアヒールが、疲労困憊で倒れる僕達をギリギリで支え回復し、決して気絶させてくれないのだ。
ならば後は心が折れるかどうか、といった所なのだけど……
「いやだあうああああああああああ!!
戻ります、訓練に戻りますううううううううう!!」
絶叫と共にまた一人、脱落者が復帰した。
いったい練兵場の外で何が起きているのだろう?
ただ僕らが知るのは、隊列から脱落した者は勇者によって外へ連れていかれ絶叫と共に復帰してくるという結果だけ。
廃人の様になりながらも、練兵場にいる事に心から安堵している様子を窺うに、それはきっと人が知ってはいけないものに違いない。
僕とアルベルトは目線を交わしそっと頷き合う。
「ほらほら、どうしたどうした!
まだたったの二日目だぞ?
基礎修業はあと三日も残っている。
戦場では一週間不眠不休なんざ、ザラだ。
もっと気合を入れていくぞ!」
気楽な声の励ましに周囲から殺気が立ち昇るが……それは瞬時に掻き消えた。
バレたらヤバイ。
アルベルトだけでなく皆も同様に思ったようだ。
一触即発の雰囲気だったが、賢明な判断に僕は安堵する。
何せこのおっさん、僕達と一緒にずっと併走していながら息一つ乱れていない。
それどころか倒れた者を楽々と担ぎ上げ場外に運んですらいる。
完全武装の騎士は総重量200キロを優に超えるというのに。
おまけに爽やかな笑みを絶やさないのが余計に怖い。
僕だけじゃなく皆、彼の笑顔の裏側にある狂気にも似た獣性を感じ取っている。
だからだろうか?
教官の持つ強大な戦闘力と合わせ、反骨心は完全に消え失せていた。
「初日にも説明したが、可能な限りのデバフをフィジカルエンチャントした状態で身体を酷使すれば超回復が起きる。
エリアヒール内ならそれは青天井になる。
対魔族戦に限らず闘争の基本……それは体力だ!
技量とか駆け引きを含む胆力は後からでも身につく。
まずは簡単に死なないよう、身体をひたすら鍛えるぞ!」
「きょ、教官!」
「なんだ?」
「鍛える前にもう身体がバラバラっていうか……
このままだと足がもげそうです!」
「安心しろ、そう言って実際にもげた者はいない。
まあ通常なら死んでもおかしくない訓練を積ませるのに躊躇するもんだが……
しかぁし! 諸君らは幸運だ。
大陸有数の回復法術の遣い手がこちらにいる。
つまり死ぬギリギリの最効率訓練を試行出来るし、万が一死んでもすぐ蘇生して訓練を続行出来る。心置きなく励みたまえ」
「……鬼か?」
「魔神でもしねえぞ、こんな仕打ち……」
「大体、こんな事をしても魔族に対抗できる訳が……」
「確かに」
「所詮オレらは脇役だし……才能なんてない。
努力なんてしても意味がないのでは……?」
「うん? 聞き捨てならないな、それは。
百の努力は一つの才に劣るかもしれん………
だが!
千の努力ならどうだ? あるいは万の努力なら!?
なぜ闘争の訓練が何千年も伝えられてきたか分かるか?
それは闘争の世界において……努力は才能を凌駕するからだ!!!」
「きょ、教官!」
「すいません、オレらが間違ってました! 心を入れ替えます!」
「まあ……実戦で死なないよう、訓練中に一度死んでおく。
我ながら画期的修行法だと思うのだが……賛同してもらえて何よりだ」
「うあああああああああ駄目だああああああああ!!」
「聞きたくなかったあああああああああああああ!!」
「はっはっは、叫ぶ元気があるなら大丈夫だな。
じゃあ気合入れて、もう三日取り組むぞ!」
「いやだああああああああああああああああああ!!」
皆の魂の絶叫が広い練兵場にコダマする。
深淵を覗くものは(以下略)
地獄に終わりはなく……ただその深さを増すだけらしいです(涙)。




