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おっさん、教官に就任


「おい! 聞いたか、クリス?

 今日から新しく来る教官の話――」

「うん、勿論聞いてるよ」


 上官の命令で練兵場に整列しながら、僕は話し掛けてきたアルベルトに答える。

 僕の名はクリストファー・リーベルト。

 今年の春に騎士養成校を卒業したばかりの新人騎士。

 隣のアルベルト・コーウエルと共に憧れの伯爵様にお仕えする事になった。

 ノービス伯爵は質実剛健をモットーとし民に善政を敷く名君だ。

 サウナ好きなのが珠に瑕だけど、それだって趣味の範疇だ。

 高慢な方が多い貴族の中でも身分にこだわりのない気さくな方で、嘘か真か一緒にサウナに入った騎士もいるらしい。

 僕達はその伯爵様の勅命で急遽領内から招集された者達だ。

 その数は50名。

 戦時では兵士達を率いて戦場を駆ける小隊規模の士官でもある。

 来るべき魔族との戦いに備え、こうして連日戦闘訓練をしているんだけど――

 朝告げられた上官の話では今日から新しい教官が来るらしい。


「今度S級に叙せられる冒険者なんでしょ?

 名高き【黄金の夜明け】団でも攻略不可能だった難所。

 海底ダンジョンを制覇したっていう――」

「そうそう。

 あの魔剣の勇者アレクシアが率いるパーティの一員らしいぞ。

 勇者を支えるくらいだ……かなり強いんだろうな」

「それはそうだよ。

 噂によると魔神の方面指揮官である【ビショップクラス】も斃したらしいし」

「なんだ、お前ら。

 そんな尾ひれのついた与太話を真に受けてるのか?」

「えっ……どういう意味ですか、先輩?」

「あんな荒唐無稽な話が真実な訳ないだろう?

 十三魔将を幾体も撃退したとか古龍を滅殺したとか死霊王を再封印したとか。

 そんなのは魔族との戦いで不安がる民を鼓舞する為のプロパガンダに過ぎん。

 実際は大した実力もないくたびれたおっさんで、相当な女好きらしいぞ。

 勇者様だけでなく聖女や賢者にも手を出しているとかなんとか。

 何せ最近までD級だったって話もあるくらいだからな。

 S級への昇格もコネでねじり込んだらしい」

「そうなんですか!?」

「ああ。

 幾ら伯爵様の命と言え、そんな奴が教官として来るのは迷惑なんだが……

 まあ現場の人間としたら唯々諾々と従うしかないんだけどな。

 唯一の救いはそのおっさん冒険者の仲間達、麗しい女性陣も同行してくる事か」

「おい、お前等! お喋りはそこまでだ。

 いらしたようだぞ――」


 口を閉ざし直立不動に戻る僕達。

 間を置かず外へ通じる入場口から足音が響き複数の人影が顔を覗かせる。

 先頭を歩むのは【魔剣の勇者】ことアレクシア・ライオットだった。

 僕達と同じ一代限りの騎士爵を得た豪族出身。

 燃える様な紅の髪に凛とした黒の瞳。

 冒険者になり僅か三年で魔術と剣術を極め国家公認勇者になった傑物。

 彼女の持つ固有スキル【魔法剣】は絶対の秘儀だ。

 伯爵様のお膝元、精霊都市を救った彼女の実力を疑う者は誰もいないだろう。

 その後ろに続くのは【月陰の聖女】ことフィーナ・ヴァレンシュアだった。

 教団の誇る三聖女の一人、月の象徴。

 金髪碧眼のスタイル抜群の美女で、王都劇場の主演女優に勝るとも劣らない。

 創造神の欠片、想像神の寵愛を受けた法術の腕前は大陸有数らしい。

 吟遊詩人が語る話が真実なら、彼女の手に掛かれば半死人もダンスを踊れるほどに回復すると言っていたけど。

 ならば流れる碧髪のショートボブに眠そうな蒼の瞳でその隣を歩むのは、きっと【星招の賢者】ミザリア・レインフィールドに違いない。

 魔術の名門レインフィールド家の傍系に属する、サーフォレム魔導学院の賢者。

 いにしえから伝わる難解な術式を解読し、誰でも扱えるよう汎用化させる手腕は学院でも屈指らしく、彼女の異名【星招】は大賢者クラスにしか使用する事が出来なかった伝説の呪文メテオストライクを汎用術式に組み込んだ功績を以て、最年少賢者認定と共に名付けられたらしい。

 噂に名高い勇者パーティの三姫が揃い踏みか。

 こうして見ると華があるというか凄くオーラがある。

 って、あれ?

 肝心の教官であるおっさん冒険者はどこに?

 僕だけでなく皆もそう思ったのだろう。

 軽いざわめきが周囲から巻き起こったその時――


「気をつけええええええええええええええええええええええ!!」


 雷の様な裂帛の号令が練兵場に響き渡る。

 思わず身を竦ませた僕達の前に来たのは、伯爵様懇意のA級パーティ【悠久なる幻想】の女傑、ミズキさんだった。

 訓練で何度かご一緒させてもらったから知っている。

 彼女は勇者パーティの三人と共に、整列する僕達の前に来ると直立不動になる。

 長い黒髪を活動的なポニーテールに纏め、意志の強さを感じさせる柳眉が美人というよりはハンサムな印象を与える人だ。

 今はその顔を怖いくらいに無表情にし、委縮する僕達に語り掛けてきた。


「ミズキ・クロエだ。

 ノービス伯の命を受け、教官の補佐を拝命した。

 これから二週間、よろしく頼む」

「「「はい!」」」

「では、教官であるガリウス殿をお呼びする!

 ガリウス殿、どうぞこちらへ――」

「――ああ」


 ミズキさんの呼び掛けでくだんのおっさん冒険者、ガリウスが姿を現す。

 途端――全身を襲う冷感と勝手に流れ出る冷汗。

 こちらに来るのは黒髪に紫の双眸、身の丈は六尺を超える偉丈夫。

 一見すると前衛職としては痩せて見えるが……それは誤りだ。

 想像を超える激しい鍛錬の末に至ったのであろう、無駄という無駄を全てこそぎ落とした超実戦的な筋肉の塊。

 それでいて筋肉だけでなく戦士としての技量の高さが窺える完璧な身体操作。

 ただ歩くという所作にさえ一切の隙はなく、舞の様な美しさすら感じる。

 さらに脅威なのは、その内側に秘めた闘志と膨大な戦闘経験に支えられ身に纏う絶対的強者としてのオーラというか雰囲気だ。

 穏やかそうに見えるが……とんでもない。

 魔獣と一緒の檻の中の方がまだ生きた心地がする。

 この人がお飾りのS級? 好色のおっさん?

 とんでもない!

 戦士として人間として、この人は遥か高みにいる――


「ガリウス・ノーザンだ。

 君達を鍛えろという伯爵様の命を受け、本日より教官役を務める事となった。

 短い間だがよろしくな。

 さて、手始めに軽く挨拶をさせてもらうが……漏らすなよ?」


 苦笑を浮かべた彼がそう言った次の瞬間――

 声無き苦悶の絶叫が僕達の喉から零れ落ちる。

 彼から無造作に放たれる殺気を纏った尋常でない闘気。

 圧倒的なその圧力が僕達の心臓を掴み意識を刈り取っていく。

 ドタドタ。

 口から泡を吹きその場に倒れ伏す同僚ら。

 僕自身は何とか気絶するのは堪えたが、膝に力が入らずガクガクになる。

 そんな僕達を見てガリウス教官は感心したように口を開く。


「ほう……半数は残ったか。

 さすがは伯爵子飼いの騎士達だ、良い資質を持っている」


 彼の言葉と共に消失する圧力。

 僕達は貪るように空気を吸い込み喘ぎ始める。


「あ~そのまま楽な姿勢で訊いてくれ。

 今、君達に向けて放ったのは魔神でいうナイトクラス相当の疑似位階領域だ。

 人理を超え己の存在を軋ませ威圧する、高位存在の持つ絶対障壁。

 魔族は最下級レベルですらこの領域を纏う。

 つまり魔族と戦うには位階領域内で普通に動けるようにしなければならない。

 そこの君――名前は?」

「はい、アルベルトです!」

「元気がいいな……大したものだ。

 ではアルベルト、君達の役目はなんだ?」

「術師を守る壁になる事です!」

「半分は正解だ――だが半分は違う。

 君達は術師を守るだけでなく、彼らをサポートし戦えるようにならねばならん」

「どういう事でしょうか?

 魔族には通常攻撃は効かないと上官から伺ったのですが――

 だからこそ奴等に有効打を与える術師を守る肉壁になれと命じられました」

「その認識は誤りだ。

 魔族には通常攻撃が効かないのではない。

 障壁により無効化されているだけ。

 この違いの意味が分かるか?」

「特定の条件を満たせば……

 魔族にもダメージを与えられる……?」

「そうだ。聡いな、君。

 名前は何という?」

「く、クリストファーです……」

「うむ。皆も聞いたな?

 クリストファーの言う通り位階領域を無効化すれば君達の攻撃も魔族に有効だ。

 その為には厳しい修業が必要となる。

 君達に負担をかけるが……乗り切れそうか?」

「「「はい!!」」」

「良い返事だ。

 じゃあ諸君、気兼ねなくいこう。

 そうだな……まずは簡単な基礎肉体鍛錬からだな」


 まるで近所へ散歩を誘うような軽い口調で微笑むガリウス教官。

 彼の言葉に一様に沈痛な顔をするのは並び立つ女性陣。

 謎めいたその意味を僕達はすぐに身をもって実感させられる事となる。

 そして――地獄が始まった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ハートマ〇式教練になるのか ファ●コンウォーズが出るぞ、な教練になるのか(スットボケ
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