おっさん、境遇を慮る
「じゃあウチはそろそろ聖(政)務に戻るね~。
トーナメントへの参加希望はその水晶板を通して、返答よろ~♪」
映像を介する水晶球通話は魔力消費が激しいらしく、レイナは突っ込みどころの多い要件を一方的に告げると俺の返事を待たずに会話を打ち切った。
あとに残された俺はハイドラントから渡された水晶板を手に思案する。
この水晶板は携帯水晶球とペアリングされている通信用魔導具だ。
立体映像を投影する事は出来ないが、音声のみを水晶球と取り行う事が出来る。
「それでは私はこれで。
ご決断しましたらこの水晶板でご連絡ください。
すぐに王都まで転移可能な術者を迎えに差し向けます」
「ああ」
「おや……あまり浮かない顔ですが……
いかがされましたか?」
「いや、レイナの申し出は正直悪くない話だし個人的には参戦したいんだが……
あいつらに何と切り出したものかと思ってな」
「それこそ包み隠さず申し上げたらよろしいのでは?
ガリウス様らは婚約を済ませ、此度は夫婦となるのでしょう?
悲しみは分かち合い半分に。
喜びは共に合わせて倍増に。
何事も報告・連絡・相談が寛容かと愚考しますが」
「確かにそうだな。
もう俺だけの事じゃないし、皆で話し合ってみるか。
ありがとう、ハイドラント。お陰様で迷いが晴れた」
「礼を言われるほどではございません。
我が主人の――
曳いては精霊都市を統べるノービス伯爵の思惑も含まれておりますので。
ガリウス様に政治的な駆け引きや雑事を押し付けるのは心苦しいのですが……
手前共も余裕がないのです。申し訳ございません」
「……それほどまでに戦況が切迫してきているのか?」
「戦乱の兆しを民に悟られぬよう、秘密裏に動いておりますからね。
件の召喚術師の力を借りて何とか五分五分に持ち込んでいるのが現況です。
この拮抗はおそらく数か月が限界でしょう。
その間に攻めるなり守るなりにせよ、具体的な方針と策を打たねばなりません。
今現在はひたすら後手に回り対処を迫られていますから。
それに我々は軽視しがちですが……
衆生は移ろい易く、とかく醜聞と衝撃に弱きもの。
お伽噺にある魔族の復活と侵攻の事実を知ったら大きな混乱が訪れます。
大陸に及ばす経済効果の波及を考慮して、破綻と矛盾が起きない範疇までは極力事実を伏せるようです」
「難しいんだな、政治は。
俺達の様に単純に敵を倒せばいい訳じゃない」
「ええ。
戦乱に巻き込まれた北方地域の住民達を避難させるだけで、湯水のごとく金銭が消費されております。
これに現在進行形で軍単位の戦闘行為が含まれますからね。
景気がいいのは戦争屋共ばかりですよ」
「苦労してるんだな、随分と」
「これも仕事ですからね。
しかし参戦している各国も清廉潔白な身ではありません。
此度の戦いに何かしらの意図と思惑を持っている。
その中でも精霊都市の長、ノービス伯爵は普通以上の民衆寄りで信頼がおける。
ああ見えて心優しき我が主としては……だからこそガリウス様にトーナメントを勝ち進んで貰い、主導権やアドバンテージを取っていきたいのでしょう」
「各国、各都市の思惑か」
このレムリソン大陸には現在九つの国と16の都市がある。
中央に全ての国の中心となる王都国家ランスロード。
あとは大陸に分布された各国にある首都と衛星都市といった感じだ。
俺達が普段冒険の主体としているのは、西方連合国家であるエジンベアだ。
国家を支える貴重な収入源である精霊都市はその衛星都市に当たる。
今回は王都が主催のトーナメントになると聞いた。
となれば16人が選出され戦い合うようになるのだろう。
それはそれとしても――
「色々と面倒なんだな」
「まことに。
たまに何もかもが嫌になりますよ。
自由気ままな冒険者が羨ましくなる時があるくらいに」
「良かったら転職するか?
きつい(連日徹夜がざら)汚い(仕事内容)危険(大怪我や稀に死ぬ)という、とても素晴らしい稼業なんだが」
「激しく嫌過ぎる3Kですね。
まあ、要所では今の自分と大差がないような気がしますが」
「違いない」
肉体的疲労や直接的な危険は無いにしても精神的な負担としてはハイドラントも変わりはないのだろう。
現にこんな辺境の開拓村まで派遣されているしな。
レイナの護衛が主とはいえ、哀しき宮仕えというヤツか。
俺達は顔を見合わせると互いの境遇を慮って苦笑するのだった。




