おっさん、要請を受諾
「秘匿事項が多いとは思うが……情勢が気になる。
差し支えない範囲で戦況を聞いてもいいか?」
纏わりつくような重苦しい気持ちを払拭する為には、まず情報が必要だ。
幸いレイナは大陸情勢に関わる媛巫女の一族。
大陸の守護者としての見解はかなり正確なものになる筈。
ここは無遠慮でも踏み込んで訊いてみるとしよう。
俺の問い掛けにレイナは口元を上品に扇で隠しながら快活に応じる。
「構わぬよ。
お主は精霊都市の危機を救った英雄。
ノービス伯爵からもある程度までは開示して良いとのお墨付きじゃ。
ましてわざわざハイドラントを通して妾から話を持ち掛けたのも、お主に相談したい事があるからだしのう」
「相談?」
「うむ、それは後のお楽しみじゃ。
では――まず、現在の戦域分布からじゃな」
質問をはぐらかす様に大陸地図を投影し始めるレイナ。
あれは何かロクでもない事を企んでいるな、絶対。
小悪魔めいた瞳が悪戯チックに細められているし。
まあ毒を食らわば皿まで、とも言うし。
ここまで関わった以上知らぬ存ぜぬではすまされない、か。
俺はどこか諦めにも似た気持ちで投影された地図を見る。
そこにはレムリソン大陸最北の国メルベレンを中心に、神々の黄昏の地でもあるラグナロードへ向けて防衛網が引かれていた。
急増された砦や敷設された城塞。
ご丁寧に各国から派遣されたと思しき軍の分布図も見受けられた。
まさに堅牢の布陣。
襲い来る敵へ睨みを利かせ、例え鼠一匹とて逃さぬとばかりに構えられている。
だが――
「隙のない配置、後詰に至るまで練られた兵站は見事。
しかし残念だが……茶番だな」
「同感じゃ。
魔族に対抗できるのは魔術・法術――
もしくはクラスチェンジを経た勇者達のような高位位階者のみ
魔神共相手もそうじゃが……木っ端な雑兵を幾ら集めても太刀打ちできぬ。
変えようのない事実じゃというのに……
こればかりは幾ら妾らが助言を申しても受け入れられておらぬからのう。
軍部の頭の固さは呆れたものじゃ」
地図の分布図を見て取った俺の感想にレイナが追随する。
以前にも述べた通り、位階と呼ばれる存在強度指数が高い存在は、自身より強度が低い存在からの干渉をほぼ無効化してしまう。
己という存在を世界に示す数値こそが位階値である。
世界を物語に例えた場合、名のある悪役(魔族)はモブによって討伐されない。
均衡を歪める悪に立ち向かうのは、いつでも名の知れた存在等の運命だ。
つまり世界法則すら歪める絶対主役補正――それこそが位階値とも言える。
レイナが指摘した通り、軍部とてこの事実を知らない訳ではあるまい。
ただ情報を把握するとの理解し納得するのは別か。
窮地に役に立たなければ、自身のアイデンティティが崩壊してしまう。
それがこの無謀とも思える包囲網につながる訳か。
「こんな状況で――本当に食い止められているのか?」
「うむ。
魔族を知るものなら誰しもがそう疑問に思うじゃろうな。
しかし結果的に、魔族共は抑え込まれておる。
軍部に全面的に協力を申し出た、一人の召喚術師の手によって」
「召喚術師?」
「そうじゃ。
魔族に呼応するかのごとく突如現れた凄腕のサモナーじゃ」
「そいつはもしかして――黒髪黒目の少年か?」
「ん?
なんじゃ、知り合いか?」
「いや――以前、精霊都市で見かけただけだ。
素人目にも凄まじい力を秘めているのは分かったが……そうか、彼がな」
「お主の師匠であるファノメネルも彼の護衛についておる。
彼の存在が次々生み出す幻獣や聖獣らの手を借りることで――
どうにか危ない均衡を保っているのが現状。
しかしこの天秤も長くは持たぬというのが各国首脳陣の見解よ。
そこでじゃ、ガリウス。
先程の話に戻るのじゃが……お主、ひとつ頼まれてくれぬか?」
「内容にもよる。いったい何をだ?」
「厳粛なる話し合いの末――此度、王都にて各国選出の勇士によるトーナメントが開かれる事となったのじゃ」
「それはまた――何でなんだ?」
「要は御旗振りであり、来るべき決戦へ向けての人材発掘じゃな。
有象無象を幾ら集めても魔族には対抗できぬ。
ならば国家間を超えた勇者隊を結成しようという話になった。
いにしえの百人の勇者にあやかってな」
「……あれ、確か6人くらいしか生き残りいなかったぞ?」
「はて? 聞こえぬな。
まあ、参加者全員S級クラス相当の実力者たちじゃ。
大会に参加する者へはクラスチェンジを無償で行うと教団が豪語したのでな。
さらに優勝者は勇者隊の頭となり、隊をまとめるようになる。
要は今後の戦いにおいて計り知れぬアドバンテージを得られる。
自国の思惑がある故な、各国も本気じゃ。
なのでガリウス、精霊都市からはお主が代表で参加してほしい」
「はあっ!? 何故そこで俺の名が出る!?
他にも色々いるだろうが……ヴィヴィらとかそこのハイドラントとか」
「だってお主――
もうすでにクラスチェンジをしておるのじゃろう?」
「なっ――」
「隠し通せると思ったのか?
甘い甘い……最近王都で流行りのタピオカミルクティー並に甘い。
言ったじゃろう?
妾は大陸の守護者として西方龍イリスフィリアとも交流がある、と。
そして何よりアリシアと妾は月1で恋バナをする仲じゃ。
お主に関わる事はちゃんと伺っておる」
「あ、アリシアめ!
人のプライバシーを何だと思ってやがる!」
「残念じゃが超越者らにそういった観念はないのだろうよ。
彼らは総じて己の心情にストレートじゃ。
強靭で強大な存在である彼らは誰かを謀るとか騙すといった概念はない。
それはあくまで矮小なる人のみが持つ感情であり武器でもある」
「否定はしない。
しかしそれがどうして俺が選出される理由になるんだ?」
「通常、クラスチェンジの際には教団による儀式祝福を経なければならぬ。
しかしお主は亜神であるアリシアの導きでその過程をすっ飛ばした。
これが教団の威信を傷つける恐れがある……
故に妾はお主を救おうと手を尽くした、
その苦渋の結果が精霊都市の代表なのじゃ」
「なるほどな、一理ある」
「そうじゃろう、そうじゃろう(うんうん)」
「それで――建前でない本音は?」
「これからクラスチェンジしてレベル1になる者らよりも勝率高いかな、って。
こないだの魔神将との戦いでかなりレベルを上げたって聞いたしィ~」
「急に可愛い子ぶって誤魔化そうとしても駄目だぞ、こら!」
急にギャル化し顎の下で両拳をフルフルさせるレイナ。
この二面性は果たしてどっちが本物なのやら……
どっちも素なんだろうな、きっと。
ただまあ、レイナの気遣いは有難い申し出でもあった。
確かにレイナの指摘通り、このままでは【英傑】という前例のない唯一職を隠したまま過ごさねばならなかったのだ。
伝説の盗賊騎士が所持していた短刀や聖杯などの聖遺物以外、通常なら教団の儀によってしかクラスチェンジをすることはない。
しかしレイナの提案通り、通常審査が厳しいクラスチェンジを各国代表選出者に限り教団が行うと言っているらしい。
逆説的な意味合いになるが……トーナメントに参加するという題目があれば俺がクラスチェンジをしててもおかしくはないという結論になる。
それにこれからクラスチェンジしてレベル1から鍛え直す者よりも、今の俺は明らかに全盛期の力を取り戻しつつある。
有象無象の勇士よりも確かに勝算は高いだろう。
それにトーナメントの過程で互いの実力を知り合うのは今後厳しさを増す戦いにおいて何とも頼もしいのは確かだ。
やれやれ……随分と計算高い媛巫女様だこと。
いや、支配者というか上に立つものとしては当然の事か。
今だ「てへぺろ~☆」とか可愛さアピールしているレイナに苦笑しながら、俺は彼女の要請に応じようとする自分の心の動きに納得していた。




