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おっさん、驚き隠せず


「ここならいいか?」


 粗末ではあるが作物や農具の一時保管場所にも使われる為、しっかり密閉された納屋に入った俺はハイドラントに声を掛ける。

 問い掛けに頷き応じるハイドラントだったが「念の為に」と前置きをした上で懐から鈴を取り出す。

 見慣れたそれは空間隔離の魔導具。

 ミスカリファに訊いたところ、厳密には違うらしく、実際は空間自体に作用する五感認識阻害の波長を発する魔導具らしい。

 説明を受けても詳しくは分からなかったが――効果を知っていれば十分だろう。

 軽やかで涼やかな音色が周囲に響いた瞬間、周囲から喧騒が消えていく。

 ただ――術式か何かで覗き見をしていたのだろうか?

 何やら腐れ女子共の悲鳴も上がった気がするのだが……気にしないことにする。

 鈴を仕舞ったハイドラントが入れ替わりに取り出したのは水晶球だ。

 あれは俺も良く知っている。

 冒険者ギルドの通信室にもあり、リンクしている対の水晶球映像を介して遠方の者と会話が出来るという驚嘆の魔導具である。

 コストが高くつくらしくあまり量産はされていないが、貴族の間ではこれを複数所持するのが一種のステータスになっているらしい。

 まあ小さな領地年収一年分に値する価格をポンと出せる方がおかしいが。

 剣と魔術の盛んなこの世界とは違い、俺の知らない異世界ではこういった情報に関する道具が発展して普及している世界もきっとあるのだろう。

 家に居ながらにして盗賊ギルドのような情報を得て、まるで旅行に出掛けたかのように景色や音楽を堪能できる。

 それはある種の理想郷だが――生の付き合いでしか発生しない感動などもある。

 どちらが良いとは一概には言えないな。

 ――っと、話が逸れた。

 確かに携帯水晶球は高価な魔導具だが、レイナはいわば精霊都市の裏の主だ。

 緊急時などに備え常備するのは当然に違いない。

 起動の為のコマンドワードをハイドラントが呟くと手にした水晶球が淡く輝き宙にレイナの姿が投影されていく。

 レティスにも似通ったその姿は彼女ら一族の雛型、ウルドの創始者から歴代受け継がれていっているものらしい。

 女子しか生まれないというのは媛巫女の系譜として祝福なのか呪いなのか。

 亡くなった彼女を連想させる儚くも可憐な容姿。

 ただ……化粧で上手く隠してはいるが顔色が少し悪い気がするのだが。

 以前に比べどこか生気がなく頬がこけているし……

 心配だ、それとなく尋ねてみるとしよう。


「久しいな、ガリウスよ。

 壮健そうで何よりじゃ」

「ああ、こちらこそ。

 レイナも変わりが無そうで……と言いたいが、少し痩せたか?」

「さすがの観察眼というか鋭いのう。

 お主の指摘通り、心労で5キロも痩せたわ」

「……何かあったのか?」

「それも含めて説明をしたくてな、わざわざこの場を設けさせてもらった。

 まずはガリウスよ、此度は海底ダンジョン制覇おめでとう」

「ありがとう。

 でも……決して俺だけの力じゃないけどな」

「十分に存じておる。

 しかしお主達の活躍ぶりは伯爵経由で伺っておるぞ。

 ダンジョン制覇のみならず今回の働きはまことにあっぱれじゃ。

 西方龍【イリスフィリア・ゲーティア】とは大陸の守護者として、友諠を結んでいるからのう。

 彼の存在を脅かす窮地を救ってくれたのは感謝に堪えぬ偉業じゃ。

 俗物的な対応で申し訳ないが、妾からも手を回しお主等のS級昇格に向け動かせておるところじゃ」

「いや、嬉しいよ。

 その旨はハイドラントからも聞いたが……何だか実感が湧かなくてな」

「増長して傲慢になるよりも当惑するぐらいの方が好感がモテるものよ。

 本来ならすぐにでも皇都で任命式が行わるのだが……今は時期が悪くてな。

 少し間延びされるやもしれぬ」

「それだ、レイナ。

 俺達がダンジョンに潜っている間、いったい何があったんだ?

 風車も本来ならすぐに完成する筈だったんじゃないか?」

「それはじゃな、ガリウス。

 建築材料と技術者の不足が同時に起こった為だからじゃ。

 急増される砦の普請と既存城塞の強化にリソースが費やされた」

「どういうことだ?」

「お主達が海底ダンジョンに向かってすぐの事じゃ。

 大陸最北の国メルベレンから各地に伝達が奔った。

 主要各国はその対応に追われ、人材や物資の急な移送が始まったのだ。

 そしてその混乱は今も続いておる」

「最果てにして最北の地からの緊急伝達だと……?

 それはまさか――」

「そうじゃ、神々の黄昏の地ラグナロード。

 永久氷壁に封じられていた魔族……奴等が密かに復活を遂げた。

 この大陸に再び大戦の兆しが出ておるのじゃ」


 どこか厳かにレイナが発したその言葉に――俺は心底驚きを隠せなかった。






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