おっさん、固く封じる
「お疲れ様でした、ガリウス様」
抑揚が極端に無い為だろう。
使い魔めいた慇懃無礼にも取られがちな礼儀正しさで声が掛けられたのは、何とか客足……食欲亡者(餓鬼)の群れが遠のいた時だった。
茶髪で切れ長の蒼眼――非常に端正な面立ちでありながらどこか人造的な印象。
何故なら彼はいつも能面みたいに無表情だからだ。
感情そのものが欠落したかのような表情の無さ。
それはまるで見る者の虚無を写し出す鏡のようにも視えるだろう。
「久しぶりだな、ハイドラント」
俺は鍋を洗う手を止め、変わらぬ甲冑姿の彼に声を掛ける。
そこにいたのは精霊都市の媛巫女、レイナに仕える守り人ハイドラントだった。
思えば最初の出会いもこんな感じだった。
あの時は確か酒場でダンジョンアタックの打ち上げをしていたな。
今も風車の落成式パーティという意味合いでは似たようなものだろう。
「開拓村まで、わざわざ足を運んでくれたのか?
レイナの護衛とか空中庭園の警護とかで忙しいだろうに」
「大恩あるガリウス様の晴れ舞台です。
我が主は無理でも何を差し置いても私は馳せんじますよ」
「嬉しい事を言ってくれる」
「まあ、まさか調理の腕で皆を喜ばせているのは想定外でしたが……」
「それは言ってくれるな」
「何はともあれ、まずは海底ダンジョン制覇おめでとうございます。
S級のお二人や冒険者ギルドも動いておりますが……
今回の功績を以ってまず間違いなく昇格となるでしょう」
「何だかイマイチ実感がないんだけどな。
子供の時からの夢だったんだが……嬉しいのに漠然としててどうにも」
「夢とは得てしてそういうモノでしょう。
手に入れる時は曖昧で、無くす時は儚く脆い。
夢の真価は失ってから初めて気付くもの。
ならば大事になさるべきです」
「そうだな……その通りだ。
良い事を聞いた。うん、心掛けよう」
「そして何より、此度はご希望の風車が無事に完成致しました。
まことに重畳でございます」
「ああ、その事だが」
「はい。何でしょう?」
「訊いてよいか悩む処だが……
どうしてこんなに時間が掛かったんだ?
確か今の精霊都市の技術を普通に稼働させれば、一週間くらいで完成するとの話を最初に受けたんだが……」
「そのことについて我が主から弁解ならぬ釈明、もとい説明がございます。
ご面倒ですが、少々そこの納屋まで御足労願えますか?
内密な話になりますので」
「ん? ああ、全然構わない。
お~い、皆! 悪いが少し席を外すぞ」
俺は臨時の厨房と化した広場で片づけに追われる皆へ声を掛ける。
「はいは~い、ってハイドラントさん!?
わあ~お久しぶりです!」
「わんわん♪」
「不思議なマナを感知したと思えば貴方だったか。
ん。ご無沙汰している。レイナは変わらず元気?」
顔を覗かせたシア達が笑顔で話し掛ける。
ハイドラントは深々と挨拶を返した後、無表情でリアの質問に応じ始める。
「皆様こそ壮健そうで何よりです。
ミザリア様にご心配頂きましたが、我が主は変わらずですよ。
忌々しいほど元気なのが玉に瑕で少しくらい病めば可愛げがあるのですが……」
「そ、そこでストップだ、ハイドラント!
え~と何だか込み入った話があるらしくてな。
ちょっと行ってくる」
「うん、気をつけて!」
「わん♪」
「ん、了解した。村人にも説明しておく」
「待たせたな。
じゃあ行くとするか」
「ええ」
声を掛けたハイドラントの誘導に従い村外れにある納屋へ進む俺達。
しかしクラスチェンジを経て鋭敏になった俺の聴覚は捉えてしまった。
聞かなくてもいい……聞かない方が幸せ。
むしろ聞いてしまったばかりに苦しむことになる貴腐人らの囁きを。
「さあ……
一部始終を逃さず見ましたわね、皆さん?」
「ひ、人気のない村外れの納屋に赴く見眼麗しい騎士と野性味溢れた戦士。
密室。二人。何も起きない訳が無く(ゴクリ)。
拙者、もう妄想の限界でござるよ」
「ま、まさかガリウス……
私が間近にいても手を出さなかったのはこういう理由だったのか!(ガーン)」
「効果音まで口に出ているのだけど、ミズキ様?
っというか……何故に主殿に付いてきているのか?」
「仕方ないだろう。
ミアとミイが復帰するまで時間が掛かるし……それまでソロでやろうかと覚悟を決めていたらガリウスが当面の間だけ組まないかと誘ってくれたんだ。
だというのにこれは……」
「主殿はどうにもお人好しだからな。
まあ我輩が言えた義理ではないけれど。
それに人が悪い一面もある。
一言命じてもらえば、我輩が一肌も二肌も前も後ろも貸すというのに」
「あらあら。まだまだ視点が甘いですわ、皆さん。
そこで敢えて外部に踏み込むのが、ガリウス様の素晴らしいところですのよ?
閉じられた関係は発展しようがない。
常に自身の可能性を信じ羽ばたく華麗なる蝶【バタフライエフェクト】……
それこそがガリウス様の本質なのです。
ガリウス様は英雄の領域に足を踏み入れし者。
浅はかな俗人のスケールでなく、大局で物を測らなくてはなりませんわ」
「さすがは師匠!
拙者、感涙で前が見えませぬ!」
「うむ、確かに一理ある。
どうか先生と呼ばせてもらいたい」
「まさかそういった見方があるとは……勉強不足を痛感させられる。
これからは貴女を支持しよう、フィーナ様」
「うふふ、構いませんわ。
さあ、共に腐海の底を揺蕩いましょう……」
遠目に邪教の様にフィーナを崇め奉る数人の姿が見えた気がしたが……
何事も無かったことにする為、俺は記憶のセーフティにしっかりとロックを掛け厳重に封印する事にしたのだった。




