おっさん、疑問を抱く
「よ~し、こいつで最後だ!」
「揚力機構・回転可動に問題なし!
動かすぞ……せ~の!!」
活気に満ちた腕利き職人達による最終点検の掛け声が飛び交い……巨大建築物を繋ぎ止めていた綱と楔がゆっくりと解き放たれていく。
皆が声も出さずに見守る中、ギギギィと鈍い音を立てて遂に動き始める風車。
山間から吹き降ろす風を存分に受けて高回転を始めるのを確認。
次の瞬間――開拓村に大歓声が響き渡った。
まるで祭りのような雰囲気が漂い騒がしくなる中、正式に開拓村の村長になったスコットが俺の下にやってきて声を掛ける。
「おい! ついに動いたぞ、ガリウス!」
「ああ――やったな」
「半年近く待たされた時にはどうなる事かと思ったが……
まるでお前達のS級就任に合わせたかのようなタイミングだな」
「その一端はあると思うぞ。
俺の依頼をすぱっと忘れていたみたいに思われるのは困るんだろう」
「かもしれないな。
だがお前達には感謝してもし切れないよ。
風車の稼働によって村へ齎される恩寵は計り知れないものがあるからな。
これでこの村は益々発展していくだろう。
しかし――良かったのか?
せっかくの報酬をこの村の為に使ってしまって」
「気にするな。
この開拓村は俺達にとっても第二の故郷みたいなものだ。
皆が喜んでくれるなら俺らは全然構わないさ」
「はあ……お前は本当に無欲だな、ガリウス。
幾ら使用料を接収するといってもメンテナンス代金にもならないだろうに。
まあ~要領の悪いお前らしいと言えばお前らしいよ、まったく。
ところで……一つ訊いてもいいか?」
「おおよそ予想はつくが……なんだ?」
「主賓である筈のお前らが――
いったいこんなところで何をしているんだ?」
「村中の皆どころか――
関連した職人らに振る舞う宴会料理を鋭意調理中だ、こん畜生!」
不思議そうな顔をして俺へ尋ねるスコットに俺は絶叫を返す。
怒鳴る間も決して手は休めない。
高火力で鉄鍋を返し中の材料を宙に躍らせる。
こうする事で余分な脂が綺麗に飛び、香りと味が深まるのだ。
炒め物は火力と手際が全て。
少しでも手を抜くと焦げ目が入り急激に素材の風味を損ねる。
まあ今の俺は火傷の心配がないから今までより深い対応に臨めるしな。
こういった時はレイナから授かった炎の上位精霊の加護が嬉しい。
出来上がった傍から大皿に盛りつけていき、据えられたテーブルへ搬送。
また新しい材料を投入し再度調理へと取り組む。
絶望的に根気のいる作業を並行して五台分しているのがマジでおかしいぞ、俺。
端では積んだ煉瓦で出来た竈に乗せられた俺特製コンソメ仕立てスープも湯気を立てており……時折コトコトと、かぐわしい煙を上げている。
隠し味に魚介を使っているのが香りの秘密だ。
この開拓村は山間にあるので村民は新鮮な魚介とは縁がない。
そこで白亜の都で仕入れてきた品々を使ったのだが……
ふむ、上手い事ヒットした感じだな。
最後にトマトを投じてブイヤベース風にしてもいいし、米を混ぜ合わせリゾット風にしてチーズを乗せても美味いだろう。
だが――恐ろしい事にこれらすら本命ではない。
俺の背後では牛と猪、羊に豚に鹿に鶏といった面々が十分に香辛料をまぶされた上で丸焼きとなり、実に凶悪な芳香を放っている。
焼肉に目がないのはどこの者も変わらない。
頼りになる筈の仲間達は押し掛けようと殺到する者達を捌くので精一杯だ。
ああなるとヘタな暴徒より手に負えない。
暴徒なら魔術なり何なりで一蹴出来るが旺盛な食欲に満ちた一般人は別である。
更に俺達がダンジョン攻略に取り組んでいる間にまた移民が増えたようだな。
対応するあいつらも何だか目が死んでるし……雑魚魔神よりタチが悪いかも。
ホント、どうしてこうなった?
スコットの言う通り、俺達が主賓の筈なのに……何故こんな目に遭うのやら。
何だかここ最近の俺はこんなのばっかりである。
戦士としてS級になりたいのであって料理人として上を目指してる訳じゃない。
確かに大変そうだから落成式を手伝う、とは言った。
特に落成式後に振る舞う宴の料理は本当の意味でのご馳走、手間をかけた贅沢品を提供してはどうかとも提案してはみた。
けど……これは全権委託になってはいないだろうか?
安易な提案を後悔しつつ――俺はクラスチェンジで得た身体能力と最適化された澱みのない所作を無駄にフル稼働させながら、迫りくる地獄の軍団(村人達)を前に孤軍奮闘するのだった。
お待たせしました。
第五部、遂に開始です。
要望が無ければ一応最終章になります。




