おっさん、宣言をする
「ははっ……まさかこの僕が負ける、なんてね。
これは予想外の展開だ……うん、純粋に褒めてあげるよ」
体が上下に両断され地を這っているというのに、どこか余裕を持った嘲りの表情でラキソベロンは俺に語り掛けてくる。
その理由が【神龍眼】を通じ理解しているだけに、俺は続きを喋らせながら残心を怠る事なく奴の動向を窺う。
どうやら魔神の心臓部であるコアを無事砕いたらしく崩壊が始まっている。
ただ――これで終わりではない。
奴の【千貌】の異名が秘める力……それはこれから発揮されるのだから。
「――おっさん、大丈夫!?」
「わんわん!」
「いや~凄まじい攻防でござったな」
「ああ、相変わらずふざけた腕前だ。
しばらく見ない内にますます技量を上げたと見える」
「うん、離れていても分かるほどだった。
あれが目指すべき至高の領域ってやつなんだね。
後はあの小煩い雑魚魔神らの掃討か。
でも――何はともあれ悪の親玉もやっつけたし、これにて一件落着かな?」
そうこうしている内に、己が担当の魔神を倒したシア達が俺に駆け寄ってくる。
皆の顔は一様に晴れ晴れとしており、とても魅力的に輝いていた。
まあ上位魔神相手に完勝と言っても過言ではない内容の勝利だ。
警戒は怠らないが、気分が昂揚し上気してしまうのも仕方ないだろう。
しかしそんな皆の顔を曇らせる為の呪言を紡ぐべく……ラキソベロンは厭らしい笑みを浮かべ口を開く。
「一件落着――?
いったい何を言っているんだか。
僕の敗北……これは全て、始まりに過ぎないのに」
「ど、どういうこと!?」
「先程ガリウス君との会話の際にも説明しただろう?
今の僕は仮初めの身体――端末に過ぎないって。
この身体が滅びを迎えれば別個に用意した体で目覚めるだけさ。
無論、何のダメージも負わずにね」
「そ、そんな……
そんなの反則でござる!」
「勿論、限界はあるよ。
僕が同時に用意できるスペアは全千体が限界だ。
ただその全てを同時に破壊されない限り僕という魔神は滅びる事がないのさ。
そして何より、次は油断しないよ。
身近な生き物全てに成り代わり君達を標的にしてやる。
自らを狙う影に怯え、疑心暗鬼に震えるがいい……
どこかの誰か、あるいは何か。
不明で分からない事――それこそが【千貌】の恐ろしさの本領なのだから」
嘲笑と共に語られるラキソベロンの言葉で絶望に染まるシア達。
終わりではなく始まり。
今のこいつを斃したとしても別の誰かに置き換わるだけ。
しかもどこの誰だか分からない人物、あるいは生物に成り代わる。
自分と親しい者が不意に刃を向けて来た時、人は即座に対応できるだろうか?
所詮あれは敵、と割り切って目前の者を斃せるほど酷薄になれるのだろうか?
あるいは道行く全ての生き物……その全てが奴に成り代わっていたとしたら?
厳重に守られた監獄にでも閉じ籠らない限り、安寧の日々はない。
まっ……そんな馬鹿げた奴の余興に付き合う義理はないんだがな。
「フィー」
「ええ、準備は出来ております」
「よし。
次はショーちゃん、小さな虫」
「ダンジョンにいた大百足くらいしか出せないが……
ああ、こいつの腹にいた寄生虫がストックに入ってる。
これで良いかな、主殿」
「構わん。
むしろ好都合だ」
「な、何だ……
何をしている、貴様ら!?」
自分が告げた言葉に恐れ慄く人間共。
だというのに俺が淡々と何かを進めている……まるで意に介さないように。
ラキソベロンの様な策士にとって、予想外のその反応は理解不能で不気味なものに感じられるのだろうな。
その予感は外れちゃいない。
俺がこれから行うのは公開処刑だ。
人の気持ちを、生命の尊厳を踏みにじる奴に思い知らせる為の。
「次があると言ったな……
果たしてそれは本当にそうかな?」
「何ぃ!
ど、どういう意味だ!?」
「お前の持つ【千貌】の力――
それは始祖吸血鬼などが持つ分霊函の能力に近いのだろう?
予め自分のスペアを用意し、霊的に滅びない限り体を乗り移っていく。
だがな、お前はフィーを……聖女フィーナ・ヴァレンシュアを舐め過ぎだ。
魂を扱う術式、法術に関して彼女は大陸有数のエキスパートだぞ。
外に向かうお前の力を一時的に封じ込め、この場に縫い留めるくらい訳はない」
「だ、だからどうした!?
貧弱な人間の力で一時的に脱出が叶わなくとも、何も問題はない!」
「いや? それがあるのさ。
何故なら俺がショーちゃんに頼んで用意したこの器……
これがお前の新しい移動先で――終着駅なのだから」
「なっ――!」
天使のような悪魔の笑みを浮かべ俺達の前にショーちゃんが放ったのは、自身の躰に蓄えられた霊的設計図を基に生命構成素で再構成した寄生虫。
どこにでもいる白くて気持ち悪い回虫がウネウネと地面で蠢く。
驚愕するラキソベロンに俺は【嘲笑う因果】を発動。
頭蓋が割れそうな頭痛を強引に抑え込み、奴の能力を【神龍眼】で読解。
読み取った奴の物語『滅びを迎えたラキソベロンの魂は次の端末へ移動する』という記述を『滅びを迎えたラキソベロンの魂は【前】の【回虫】へ移動する』へと改竄する。
更に『次なる己の魂の行く末に、終わりはない』という記述を『終わりは【ある】』へとも書き換えた。
苦悶する俺の姿を何事かと眺めていたラキソベロンだが、自身の身に何が起きたのか理解したのだろう。
先程までの余裕ぶった態度を一変させ、焦燥を浮かべる。
「ば、馬鹿な!
僕の【千貌】の力が変容している!?
次で終わりなんて――聞いてない!」
「命に都合の良いスペアなんてあるものか。
誰しも一つしかない。
だからこそ――生命は必死に生きる。
それを忘れたお前に明日はない」
「こんな力を人が持てる訳がないのに!
ハッ、虹色に輝くその瞳はもしや……
貴様、そうかクラスチェンジをしたな!
血族を汚す、忌まわしい雑種の分際で!」
「言いたいことはそれだけか」
冷酷な俺の宣言に我に返るラキソベロン。
崩壊していく体と目前で蠢く回虫。
己の結末を知った奴は泡を吹き、四つん這いで逃亡しようとする。
そこに魔神将の威厳はなく――ただ差し迫った死から逃げ惑う存在がいた。
「嫌だ……こんなのは嘘だ!
僕が、私が、我がこんなところで――」
「悪役は悪役らしく……最後まで泰然としていろ!
魔現刃奥義――【夢幻】!」
断罪の刃は無慈悲に振り下ろされ、奴の今の身体を打ち滅ぼし――
俺は返す刀で、足元で必死に逃げ惑う回虫を頑丈な鉄板入りのブーツで踏みつけ完全に息の根を止める。
こうして寄生虫の様に他者の身体を渡り歩いた【千貌】のラキソベロンは……
因果応報とはいえ、生命を冒涜し続けたモノに相応しい最後を迎えたのだった。




