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おっさん、実感を抱く


「壁役は任せるでござる。

 ミズキ殿は奴を屠る一撃を!」

「了承した!」


 シア達と時を同じくして、残ったもう一体の上位魔神へ向かうカエデとミズキ。

 龍の宮を出る僅か三時間ばかりの道中とはいえ、これから俺達が対峙する魔神らの脅威については可能な限り説明してきた。

 その中で最適と思われる編成が現在攻勢を掛けているこの組み合わせなのだ。

 攻魔守ともにバランスの良いシアとルゥ。

 後衛で万全のバックアップを図るリアとフィー。

 二人を不死に近い再生力で守るショーちゃん。

 俺の役割は無論ラキソベロンを抑える事。

 だが最後に残ったカエデとミズキは消去法でペアに選ばれた訳じゃない。

 むしろ組み合わせ的には最速で選ばれ、一番の攻撃力を誇るぐらいだ。

 一番の懸念は心情が通い合うかどうかに掛かっていたが……

 独身女性でバトルジャンキーという共有事項があるせいか、二人はまるで長年の親友の様にあっという間に打ち解けてしまった。

 基本秘密であるスキル構成すら互いに教え合うのだから相当な仲だろう。

 随分と仲が良いんだな、と揶揄する訳じゃなく声を掛けたら――


「ほらな。こんな感じなんだ」

「……なるほど。

 ガリウス殿も罪な男でござるな」


 と遠巻きに囁き頷き合う二人。

 ? いったい何を話しているんだ?

 俺の疑問を他所に二人は可笑しそうに笑い合う。

 遥か彼方の女と書いて彼女と呼ぶ。

 やはり女性は向こう岸の存在だ――その心情を推し量るのは難しい。

 とあれ現実である。

 盗賊系独特の地を這うような接近術【地走り】で魔神へ迫るカエデ。

 能面のような貌を持つ上位魔神は慌てず双腕を広げ迎え撃つ。

 シア達の時の状況にも似た既視感――しかし結果は違った。


「おおっと!

 これは厄介でござるな」


 あと一歩で手にした苦無の攻撃圏内に入るというところで――カエデは鮮やかなバックステップで身を翻し後方へ下がる。


「――カエデ!」

「心配されるな、ミズキ殿。

 ホンのかすり傷でござるよ」


 思わず声を荒げてサポートに入るミズキに対し、楽しそうに嘯くカエデ。

 黒装束の袖口ごと左腕の肉が無残に喪失している。

 しかし緊急回避しなければ半身を持っていかれただろう。

 その原因とは勿論、魔神の仕業だ。

 全身に突如生えた無数の顎。

 獰猛な獣のような数多の口が各々牙を鳴らし威嚇している。

 なるほど、奴の固有能力は半独立したその凶悪な顎か。

 近寄れば自動追尾するあれの犠牲となる。

 なんて恐ろしく、なんて――


「単純な力でござるな。

 小細工は無用――打ち合わせ通りに」

「了解だ」


 肩を竦め再度魔神へ猛チャージを仕掛けるカエデ。

 そう、多数の顎の力は強大で接近する事は死を意味する。

 だが……ただそれだけだ。

 致死的な概念武装や目に見えない殺傷圏を広範囲に持つ訳じゃない。

 それはただ強いだけのゴブリンと同じ――

 いくらでもやりようがあるのが俺達冒険者という稼業なのである。

 近寄るカエデに対し、小蠅を払うように剛腕を振り回す魔神。

 恐るべき顎が体中から飛び出していき、カエデのしなやかな身体に喰らいつく。

 聞くに堪えない咀嚼音が周囲の空間に響く。

 しかし魔神はそこで気付いた。

 己の顎が貪っているもの――

 それは瞬時に脱ぎ捨てられた黒装束のみという事に。


「残像でござる」


 上空から掛けられた声に貌を見上げる。

 そこにはさらしの上に鎖帷子、下はふんどしのみを纏った姿を晒すカエデが素晴らしい跳躍を見せていた。

 慌てて腕を向ける魔神だが、時既に遅し――カエデはもう仕込みを終えていた。

 宙に浮かぶカエデの姿が陽炎の様に揺らめくや分裂。

 一人が二人、二人が四人と分かれていき、最終的には32体という大所帯になる。

 そして弓のような反り返しの後に魔神目掛けて一斉に投擲を行う。

 勿論カエデが魔神に放ったのはショーちゃんの粘液付きの苦無である。

 始原の混沌の眷属たるショゴスの粘液は心身を蝕む猛毒だ。

 でも防御に徹すれば堪えない訳じゃない。

 幻像か何かで、見せ掛けの数を増やした虚像と判断した魔神は腕を交差し防御。

 猛毒とはいえ一本なら問題ない、要は急所を避ければ良いのだ。

 そして気付く――カエデが放った苦無、そのどれもが本物という事に。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

「忍法……もといスキル【空蝉】からの【多重影分身】の術。

 残念ながら拙者の影分身は全て実体を伴った本物。

 そこを見誤ったのがおぬしの敗因でござろうな」


 着地した瞬間、一人に戻ったカエデは氷のように冷たい眼差しを注ぎ宣言する。

 そう、カエデの分身は彼女が告げた通り全て本物と同じ性能を兼ね備える。

 展開時間は数秒が限界。

 とはいえ一気に戦力を累乗させるだけでなく、所持アイテムすら複製するというのだからこれは最早スキルの究極系――絶招と呼ばれる奥義に近い。

 されど敵もさるもの。

 全身を蝕むショゴスの粘液に抗い、着地し疲弊したカエデに反撃の一撃を加え様として――再度、気付く。

 己の足がピクリとも動かないことに。

 まるで地面に縫い留められたみたいに。


「GGGGAAAAAAAAAAAAAAAA!?」

「忍法【影縛り】の術。

 拙者がただ苦無を闇雲に放ったと思ったのか?

 愚かな……本命はこっち。

 数多の苦無に紛れ込ませ、お主の影精神世界アストラルサイドに干渉するのが目的よ。

 外れた苦無は幸運にも外れたのではない……拙者が外したのでござる」


 悶え足掻く魔神に語るカエデ。

 カエデと分身が放った苦無は確かに魔神に当たらず、地面に突き刺さったものも中にはあった。

 あれにそんな伏線があったとは……さすがは忍び、駆け引きが巧みだ。

 何故ならこんな風に解説してやることすらカエデの術中。

 目前のカエデに気を取られ魔神は失念していた。

 この個性的なパーティの中で、俺に次ぐ戦闘経験と実力を持った戦士の存在に。

 ぎちぎち。ぎちぎち。

 背後に聞こえる不気味な音に振り返る魔神。

 足が呪縛されているだけで首は自由に動けたのが奴の幸か不幸かは分からない。

 恐怖に引き攣ったその貌を見るにきっと後者だったのだろう。

 そこには全身の筋肉を怒張させ大斧を構えたミズキの姿があったからだ。

 ミズキの必殺スキル【狂戦士ベルセルク化】……全身の筋肉を倍加させ戦闘能力を飛躍的に向上させる驚異のスキルである。

 発動に時間が掛かり、しかも短時間しか発動出来ない弱点はある。とはいえ今のミズキは以前、例えミノタウロスと腕相撲をしても勝つと豪語していた。

 彼女がビキニアーマーを愛用しているのも決して露出好きな訳じゃない。

 こうなった時に鎧がすべて損壊してしまうからだ。


「私は口数の多い(二重の意味で)奴は嫌いだ。

 だから……消えて無くなれ!」


 ミズキを制止しようと言葉にならない言葉で命乞いをする魔神。

 そこに無慈悲に叩き込まれる豪斧一閃。

 頭頂部から股間まで真っ二つに両断された魔神はあっという間に塵化していく。


「流石でござるな、ミズキ殿。

 上位魔神【騎士】クラスを一撃とは!」

「カエデのサポートが優秀だからだ。

 これだけ隙をつくってもらえば当然の結果といえる。

 私達――良いコンビになれそうだな」

「違いない」


 膝をつくカエデに腕を伸ばし引き起こしながら笑いかけるミズキ。

 カエデも嬉しそうに手を取ると微笑み返す。

 まだ戦いは終了していない。

 でも互いの間に芽生えた絆はより強固なものとなり根付いたのだろう。

 残された十三魔将へ向け駆け出しながら――

 二人は約束された結末へと確かな実感を抱いていた。

 







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