おっさん、解説をする
「いくよ、ルゥ!」
「わん!」
まさに以心伝心。
阿吽の呼吸で残った上位魔神目掛けて駆けだすシアとルゥ。
戦闘を踏まえ事前に施されていた補助呪文や強化祝祷が一人と一匹を支える。
全身体能力向上【フルポテンシャル】
対魔力障壁展開【マジックシールド】
主神の護り手【ガーディアン】
主神の癒し手【リジェネレイター】
長時間維持可能な秘儀が花開く様に展開していきシア達をブーストする。
リアが行った魔術戦は高い魔力抵抗を持つ魔神相手には明らかに不利だ。
先程のように余程上手く事を運ばぬ限り、成果を上げる事は難しい。
そこで重視されるのが身体強化された前衛による近接戦闘である。
滅びの意志を込めた攻撃を直接叩き込む。
これは不確定な魔力による構成術式をダメージに変換する過程を経ない分、魔術より比較的容易に位階差を突破できるからだ。
ただ問題は……鉄よりも固い外皮に獰猛な獣の機敏さ、何より人と同じ狡猾さを持つ魔神相手に真っ向から立ち向かう事の厳しさだろう。
まして相手は【騎士】クラス相当の上位魔神なのだから。
魔神達は【爵位】という階級社会で構成されているらしく人間社会と似ている。
魔神を統べる【王】こと魔神皇。
魔神を産み出す【女王】こと魔神妃。
魔神を支える【城塞】こと魔神姫。
魔神を指揮する【司祭】こと十三魔将など。
その中でも【騎士】クラスの上位魔神は【兵士】と呼ばれる下位魔神共を使役し文字通り駒となって動く部隊指揮官だ。
その強さは折り紙つきで術式支援を受け完全武装した騎士小隊でどうにか互角。
各個体が持つ固有能力次第では全滅を期するかもしれない。
だからこそ魔神や悪魔退治は高ランク冒険者が請け負う事が多い。
何故なら冒険者は想定外事態のエキスパート。
名誉を求めるお上品な戦いでなく、常に思考し試行し施行する生き物だからだ。
術式の支援もあり疾風の勢いで人狼一体となって迫るシア達。
青銅色の肌を持つ魔神は慌てず双腕を向ける。
次の瞬間、空間が軋む音と共にシアとルゥの姿が掻き消えた。
あれはまさか――空間転移の応用なのか。
龍神の加護によりこの海底ダンジョン内での空間転移は全て打ち消される。
だが敢えて転移でなく空間干渉の域に留めたのだろう。
極限に狭められた空間は抵抗すら許さず人体を圧縮、即死させる。
凶悪としか言いようがない固有能力だ。
同型の空間干渉能力・術式が無い限り防ぎようのない致死的な力。
自らの能力に絶対の自信があるのだろう。
昏い愉悦を浮かべ勝ち誇る上位魔神。
だがしかし――それは戦闘中に抱いてはならない過信。
相手が悪かったな。
「――わん!」
突如背面に迸った無数の斬爪と激痛。
驚愕を浮かべたたらを踏み、振り返る魔神。
今し方滅ぼした筈の小さな狼――ルゥがそこにはいた
身に纏う風の結界で高速移動、強化した【鋭爪】で攻撃されたのは理解できる。
だが……何故それを視認できなかった?
人間共より鋭敏な知覚を持つ自分がどうして感知できない?
刹那にも満たぬ一瞬の疑惑――それが致命的な隙を生む。
「右手で魔術【テンペスト】左手で闘技【スティンガー】。
魔法剣――【ブラストペネトレーション】!」
完全に虚を突かれた一撃。
光学迷彩の残滓を零しながら横合いの空間から突如出現したシアが渾身の刺突を魔神に叩き込む。
硬い外皮を持つ魔神に対しシアが行った選択。
それは魔術防御に優れた魔神を属性で攻撃するのではなく、暴風魔術で己自身を猛加速させ圧倒的な速さと威力を一点に集中させ貫く強行突破。
必殺の一撃を受け崩れ落ちた魔神はきっと最後まで理解できなかっただろう。
勇者の守護神こと光明神アスラマズヴァーと、光の上位精霊アラマズドの加護を持つシアは常にハイレベルな光学迷彩を周囲に展開している。
そう、魔神の索敵探査網すら誤認させる程の。
奴が自信を以て狙ったシア達は最初からその場に存在せず、魔神目掛けて駆け出した時点で既にシアらは潜伏配置済みだったのだ。
一度きりしか利かない手とはいえ、これはまさに初見殺し。
何より勇者としてクラスチェンジしたシアは位階の差を問題としない。
「やったね、ルゥ♪」
「あお~ん♪」
必勝の策がピタリと嵌り、互いの健闘を讃え合うシア達。
今にもハイタッチしそうな勢いだが、常在戦場の心構えと残心の大切さについてはうるさいほど説教してきた。
先程の魔神もそうだが勝ったと思う瞬間こそ危ういのである。
勝って兜の緒を締めよ、の格言ではないが油断は禁物。
心臓を穿れた野生動物ですら数秒は動くのだ。
おぞましい生命力を持つ魔神なら尚更警戒しなくてはならないだろう。
しかし――さすがに生命活動の主軸となる急所、核を砕かれたのはどうしょうも出来なかったらしい。
蹲った姿勢のまま塵化していく魔神。
寄生型精神生命体である奴等は死んでも死体すら残らない。
滅びの定めのまま、この世界から完全に消え去るのみ。
最後の断片まで風に流されるのを見届けた後、シアとルゥは再度駆け出す。
大切な仲間に助力し、掛け替えのない日常を守る為に。




