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おっさん、煽られる


「ふふ……人間にしては大したものだ。

 よく僕が十三魔将だと分かったね。

 正直驚いたよ……詳しく話を聞きたい――な!」


 間近で囁かれる言葉と共に渾身の踏み込みからの加圧斬撃。

 マクレガーに成りすましているラキソベロンだが――

 鏡像魔神としての特性故か変身先の技能は問題なく扱えるらしい。

 つまりこれはS級に至った紛れもない熟達者の技量。

 正面からぶつかり合うのは得策ではない。

 俺は力を受け止めるのでなく、柳の様にしなやかに受け流すことに専念。

 無理に抗わず圧力の限界を見極めバックステップで距離を取る。

 懸命に対処する俺をどこか愉快そうな表情で見守るラキソベロン。

 歪んだ半月を浮かべ返答を待つ魔神に油断せず剣先を向けながら解説してやる。


「わざとらしく驚いた振りをしなくてもいい。

 正体に気付く切っ掛けは、お前がご丁寧に残してくれていたのだから。

 不自然な状況、不自然な会話――敢えて隙を見せる手際。

 全てお膳立てされた推理劇に過ぎない」

「いや、それでも普通は気付かないものさ。

 人間は自分の見たい現実しか視ない生き物。

 特に自分の才覚に自信がある人物ほど視野狭窄に陥りやすい。

 だからこそ僕ら魔神の付け入る隙が生じるというもの」

「自身の正体について……否定はしないんだな」

「ば、馬鹿な! 僕の正体が何故分かった!?

 ――みたいに、かい?

 そんな無様な動揺を見せるのは三流のやることだ。

 見苦しい真似をしたら観客が冷めてしまうよ。

 有能な演出家は自身すらも劇中に組み入れ盛り上げていくものだ」

「確かにそうかもな。

 だが……それだけじゃない。

 この一連の陰謀も所詮遊びなんだろう、お前にとっては」

「おやおや?

 どうしてそう思う? どこまで理解している?」

「策略家にありがちな落とし穴――とは師匠から学んだ。

 あまりに優秀過ぎると自身が成しえた策に第三者が気付くことなく完遂される。

 だからこそ――時折策略家は自らが関与したという証を残す。

 わざわざ予告状を出して警備を強化させてから盗みに入る怪盗然り――

 それは優れた才能を持つが故のエゴ、いうなれば自己証明のサイン。

 誰にも知られない、気付かれないというのは顕示欲が満たされないものだと」

「ほう……孤高な才覚者の心情をよく理解しているじゃないか。

 さすがは【放浪する神仙】ファノメネル。

 長きにわたり僕らの企てを邪魔してきただけの事はある。

 それで? 君はどこまで気付けたのかな?」

「そうだな――まずはこの海底ダンジョンでの仕掛けから説明するか。

 属性結界によって守られているこの龍神族の遺跡【白亜の都】だが……

 通常なら邪なる存在が立ち入ることは許されないレベルだ。

 しかし何事にも例外はある。

 鏡像魔神の恐ろしいところ、それは本人そのものに成りすます利便性にある。

 それは当然アライメントにまで及ぶ。

 本性を顕在化しない限り――今のお前らはカオスやダークでなく法と秩序――

 もしくは中庸中立な属性を詐称している事で間違いないな?

 だからこそこうして結界内部に入り込むことが出来た」

「正解だ、ガリウス君。

 世界を支えし龍の選別を打ち破るのは容易ではない。

 ならば――簡単だろう?

 侵入できる者に成り代わればいい。

 哀れなマクレガー君を擁護するとすれば最初から成り代わっていた訳じゃない。

 僕が彼と入れ替わったのは冒険が佳境に入ったこの数週間前からだ」

「だろうな。

 ここに来る前お前は精霊都市で天空ダンジョン墜としを図っていただろうしな。

 目障りな冒険者を一網打尽にするべく張り巡らせた巧妙な罠――

 どうにかそれを潜り抜けても天空ダンジョンが顕在化し都市に降り落ちてくる。

 最強の刺客、俺の師匠を手駒にしたお前の策略には実際手を焼いたよ。

 生憎と操り主が間抜けだったんで何とか対処できたがな」

「ああ、【獣僕】のプリンペランのことだろう?

 どうか儂にこの場をお任せ下さい、というから後を任せたのにね。

 とんだ期待外れだったよ……僕の部下の不始末も含めてね」

「自己の境界を無くした鏡像魔神の事か……

 やはりアレはお前にとってもイレギュラーだったんだな」

「残念ながらね。

 僕ら鏡像魔神は自己のアイデンティティが非常に曖昧だ。

 あまり強い狂気や欲望に自我が飲み込まれてしまう事もあるのさ。

 そうなれば僕らは個人の欲望を叶える為の道具に成り果てる。

 成り済ます筈が成り果てる。

 なかなか皮肉が効いていると思わないかい?」

「お前は違うのか?」

「僕かい?

 僕は鏡像魔神の頸木を超越した存在だよ。

 君が相手にしているこの僕も、所詮は代わりの効く端末の一つ。

 僕の本体を滅ぼさない限り終わりはない」

「だから余裕なのか。

 遠隔操作の効く代用品――駒として捉えている故に」

「こうして雑談に付き合うくらいにはね。

 それで……続きを聞いてもいいかな?」

「ああ――ならば話そう。

 こうしてマクレガーに成り済ましたお前は順調に探索を続けた。

 S級冒険者に魔将クラスの魔神の力が加わるんだ……確かに躍進しただろう。

 そう、迷宮主に出会うまでは。

 始原の混沌シュブニグラスに連なる眷属ショゴス。

 アレはお前のような鏡像魔神の天敵だ。

 霊的設計図を無差別に蓄積する化け物には対抗複製する間もなく侵略される。

 なのでお前は、自身で討伐する事を諦め――違う手段に出た。

 持てる知識を動員し、封印され本来動く事のできない迷宮主を解放したんだ。

 このとばっちりを、もろに喰ったのがミズキ達だな。

 実際これはお前にとっても賭けの要素が多い策だった筈だ。

 勢いに乗ったショゴスがどこまで成長するか分からないからな。

 しかし駆け付けた俺達によってショゴスは討伐された……

 それもまたお前の策の内の中とも知らずに」

「へえ~興味深いね。

 君の口から詳しく訊きたい」

「お前にとっては迷宮主が討伐されようがされまいが――

 どっちでも良かっただろ?

 お前の本命は結界を一時的にでも無効化する事にある。

 龍神の命を狙う――それこそがお前の本命だ」

「何故そう思う?」

「俺が以前遭遇した十三魔将【死戯】のパンドゥールは言っていた。

 この地方を舞台とした生贄の儀式。

 死を呼ぶ災厄を撒き散らす事で純化していく死の螺旋。

 蟲毒という名の呪術なのだと。

 俺はそれに違和感を覚えた。

 魔神皇を縛る逆魔城シャドウムーアの封印は強固だ。

 たとえ強大に育て上がった蟲毒の主を捧げても解かれることはない。

 ならば何故こんな無意味な事をするのか、と。

 その答えが――おそらくこれだ」

「どういう意味かな?」

「この地方――西方を守護する【世界を支えし龍】ゲーティアが展開する領域浄化作用に負荷を掛けたんだろう、お前は。

 本来であれば様々な穢れや澱みは大地に還るのでなく龍神の胎内で清められる。

 だが――短期間で膨大に繰り返される負荷はさすがの龍神をして限界を迎えた。

 そうして生まれたのが多分この海底ダンジョンだ。

 通常なら龍神の胎内で浄化される穢れや澱みが顕在化し人を襲う。

 だからこそ龍神は自身の内部に隔離施設を作り人族に討伐させる事にした。

 人族の盟友――ノービス伯爵に協力を仰ぎながら。

 この対応は上手くいく筈だった……お前ら魔神が関与するまでは。

 龍神の胎内で俺達と共に浄化を促す【守護者】共を皆殺しにしたな?

 これによりバランスを崩した龍神は一時的な干渉力を喪失――

 その隙を巧妙に突いたのがお前の本命――策略だ」

「正解だよ、ガリウス君。

 そして悠長な時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう。

 確かに僕にとって迷宮主が討伐されるようがされまいがどうでもいい。

 何故なら君の言う通り、僕の本命は結界を一時的にどうにかする事だからね。

 案の定、迷宮主の解放に龍神は慌てた。

 結界に対する干渉力が僅かだが弱体化したんだ。

 そして――僕クラスになればそれだけで十分だったよ。

 君も感じただろう?

 この海底ダンジョン……白亜の都を揺るがす地震を。

 あれこそが僕の力の本質さ。

 龍神の結界すら複製・同調し干渉する事で無効化を図る。

 こうして抉じ開けた結界の隙間から入り込んだ僕の手勢……

 それがようやく到着したようだ。

 こいつらは爵位も力もない雑魚魔神。

 だが――数は力だ。

 君達が如何に優秀でもこの都市の住民全てを守り切れはしまい?

 そして王道だが――どれだけ強大な存在も胎内からの攻撃には弱い。

 さあ、君達はどう足搔くのかな? 

 僕に人間の強さとやらを見せてくれるんだろう?」


 凄まじい振動と共に岩壁に穴が開き、何かが侵入してくる。

 それは魔神と呼ぶのもおこがましいほど矮小で下等な異形の存在。

 しかし数が数だった。

 夕暮れの羽虫のごとく数百を超えた群れとなっている。

 怒涛の勢いで迫る雲霞の軍勢を背に――

 魔神の策略家は意地の悪い嗤いを浮かべ俺達を煽るのだった。



 





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[一言] ショーちゃんの餌が群れを成してやって来た?(スットボケ
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