おっさん、心躍らせる
「嘘、おっさん!?」
「そんな!?
あれはまさしくガリウス様と瓜二つの姿……」
油断なくショゴスを見据えながら驚きを隠せないシアとフィー。
しかし――リアだけは別だ。
賢者としての見解を以って何が起きたのかを推測し始める。
「ん。判別完了。
あいつ――呼称名称ショゴスはおそらく生き物の【霊的設計図】を盗み獲る。
そして取り入れた霊的設計図を基に【生命構成素】を模倣、結果としてコピーを生み出すことを可能としている」
「多分それで正解だ、リア。
あいつは神話に出てくる始原の混沌シュブニグラスの亜種、ショゴスだ。
万物の要素を秘めた汚泥で構成された、吸収・進化を繰り返す粘液の暴君。
無限に近い再生力を持ち、手当たり次第に近くの生き物を捕獲し続ける」
「そんな奴が何故うろついているの!?」
「おそらく迷宮主としてダンジョンの奥深くに封印されていたんだろうな。
ただ――何かの切っ掛けで解放されてしまった。
しかも最悪な事に、ここ海底ダンジョン【龍の宮】は世界を支えし龍の胎内。
ショゴスの餌となる要素が溢れ過ぎている。
あいつの躰から突き出ているのは、これまで吸収してきたのであろう龍の胎内に発生していた不浄のものどもに違いない。
不浄とは地上では行く末が無い穢れを龍が胎内で消化する為に取り込んだもの。
それは現世の法則に当てはまらない混沌を生み出す因子だ。
だからこそこのダンジョンは通常ではない生き物に溢れている。
相反する元素――例えば炎と氷の精霊力を同時に合わせ持った生命体とかな。
通常は戦うことも難しい奴等だ――何せ戦いの定石が効かないのだから。
このダンジョンがSランクに叙せられる理由。
だがヤツはそういった事を関係なしに吸収していく。
自身の生まれ持った特性によって。
そして恐ろしい事に吸収した生命体を模倣し自身の眷属として生み出す力を得たのだろう――迷宮主として」
「そんなの最悪じゃん!」
「ああ、それに付け加えヤツは魔力そのものを主体とした攻撃が効かない。
理論上最硬を誇るリアの障壁魔術が突破されたのもそれが理由だ。
ヤツは魔力という不定形な因子すら貪り喰らう。
多分単純な石壁とかの方がまだ防御に向いている。
だからヤツには直接魔力をぶつけるような攻撃はするな。
副次効果で炎や吹雪といった【現象】に置換して攻撃しなければ、どんな魔術や法術もヤツには通用しない。
そして何より――」
俺は再生が終わった左腕をフィーの胸元から強引に引っ張りだす。
軽く力を込めて拳を開閉。
指先の一本一本まで神経と気が通うのを確認。
これなら問題なさそうだ。
「悪い、待たせちまったな」
ヤツから生み出されたのに俺達に襲い掛かりもせず、一定の距離を保ち俺の治療を待ち続けていた俺のコピー……仮に模倣体とでも形容すべきか、に声を掛ける。
模倣体は俺の声掛けに頷くと腰元から刀――汚泥から生み出された異形の生物の牙で形成されたそれを抜き放つ。
黒光りしながら輝く刀身は傍から見ても凄まじい切れ味を連想させる。
なるほど、得物に差はないという訳か。
俺は苦笑しながら歩を進め、樫名刀を正眼に構える。
「おっさん、何を!?」
「ガリウス様!?」
「まさか――」
「ああ。
治療が終えるまで、さっきから長話に付き合って待機してくれていたのはこれが目的だろう。
完全な状態の俺との尋常な勝負。
取り込んだ生物――俺の性能をまず試したいんだろうな」
「えっ、だっておっさん――」
「嬉しいね。
自身と真剣に戦える経験なんてそうはない。
皆は手を出さないでくれ。
悪いがここはまずサシで戦らせてくれないか?
本当に下らない――戦士としての矜持だ」
「ガリウス様……貴方は大馬鹿です。
合理的でない判断――だからこそ素敵なんでしょうけど」
「すまないな、俺の我儘に付き合わせて」
「ん。慣れた。
技量も身体能力も完全に同一な自分自身を相手に戦える機会はそうはない。
ガリウスの言い分も確かに分かる。
それに技量が同一なら下手にあたし達が関われば一刀両断される可能性もある。
貴方はそれを警戒した。違う?」
「それもあるが……一番の理由は戦士としてのエゴだ。
あいつと刃を交えてみたいという単純な理由だな」
「――ううん、それでいい。
貴方の歩む道をどこまでも追従していくと決めた。
そのことに不満はない。
ただ――気をつけて?
ヤツはショゴスの端末、貴方と違って疲労せず傷を負っても再生する」
「十分心得ているよ、リア。
さあ――待たせたな。
存分に死合としよう――」
裂帛の気合を込めて模倣体に叩きつける。
そこらの獣なら臆するような激しい殺気。
だというのに、微動だにせず涼しい顔で受け流す模倣体。
やれやれ……自分自身と戦うのは厄介だな。
俺の得意とする盤外戦術を見破って乗ってこないのだから
足捌きや重心の移動など無意識下で繰り広げられる牽制と陽動。
模倣体はそれすら冷静に看過し俺に合わせてくる。
ハッタリの効かぬ純粋な技量の交わい。
俺は決してカエデのようなバトルジャンキーではない。
沈着冷静を常とし、明鏡止水の域に至れるよう心掛けている。
ただ――今だけは別だ。
自分の生涯でこれだけ熱くなれる瞬間はそうはないだろう。
これから繰り広げられる攻防を前に不謹慎だが俺は密かに心躍らせるのだった。




