おっさん、己を省みる
俺がクラスチェンジをしたからといってパーティの方針が変わる訳ではない。
ダンジョンを探索し、鍛錬し、休養を図る。
冒険者として当たり前に行うこの行動指針に大きな変容はないのだ。
襲い来る奇怪な敵を斃し、罠を避け、攻略を進める。
懸念であったどのようにダンジョン内部から帰還するか、あるいは再挑戦するかだったが……階層主を斃す事によって出没する転移魔法陣により解決した。
斃した階層主のいた広間と外部をゲートの様に自在に結んでいるこの魔法陣は、再出発の利く探索開始点としても重宝するようになった。
内部ランダム生成型ダンジョンであるこの海底ダンジョンにおいて、撤退という選択肢や同じ階の再攻略という難事から解放されるのは大変有難い。
大きなトラブルもなく順調に探索は進んだ。
先程も言ったが俺を含むパーティの指針は変わらない。
それでも敢えて以前の俺との違いを挙げるなら――
個々の戦闘に掛ける時間が大幅に短縮されたのに、密度が増した事だろう。
指先から毛先、神経の隅々まで自分の思い通りに動く身体。
クラスチェンジ後に得たこの能力により自分がいかに無駄な動きをしていたのかよくよく思い知らされた。
過去の自分という最高の反面教師を前に、言い訳がないほど打ちのめされる。
師匠やその知人らが……何故、あれほど達人だったのか。
今更ながら理解出来たのだ。
彼等にはおよそ無駄と呼べる所作がない。
戦闘だけでなく、ありとあらゆる立ち振る舞いすら艶やかな舞のように美しく感じられるのも、全ての動きが最短で合理的であったからだ。
道理で師匠が俺との稽古で苦い顔をする筈だ。
レベル自体は荒行というか過酷な修行によりそれなりに達していたのに。
最小の動きで最大の効率を発揮するという師匠の教え。
当時の……いや、今に至るまで俺はまるで理解していなかったのだ。
高難度ダンジョンにいる敵を斃す事により、レベル自体は簡単に上昇する。
そしてレベルに付随してステータスも向上していく。
傍から見れば良い事ずくめに思えるだろう。
だが――急激なステータスアップは様々な弊害を齎す。
戦闘初心者に名刀を与えても満足に使いこなせないのと同様だ。
急上昇していく力を上手く制御できないのだから。
レベルとステータスが高いだけの木偶の坊では実戦で役に立たない。
得た力の習熟には時間――
もしくは血を吐く様な厳しい鍛錬が必要なのだ。
高レベルの仲間にパワーペアリングしてもらえばレベルは上がる。
現在の俺の様に。
しかしそれではおのずと限界がくる。
自らの確固たる意志で動く気のない者に対し、残念ながら手加減をしてくれる程このダンジョンという環境は甘くない。
考える事無く、ただステータスとスキルのみに頼る。
それもまた一つの生き方だろう。
否定する気はない。
されどその行きつく道の先は、逃れようのない死――消失だ。
だからこそ俺はそれを恐れる。
仲間を――大事な人を二度と喪わない為に。
よって、鍛え上げる……徹底的に。
頼れる仲間の助力を借りながら自分の技量の精度を上げていく。
時にはバックアップ支援の下、ソロでの討伐を行う。
本来パーティプレイで戦う敵を一人で戦っていく。
これは凄まじいプレッシャーが掛かる。
特に集団戦ともなれば予期せぬ不覚を取ることもあるからだ。
まあそれを踏まえて実戦の勘を養う事に繋がるのだが。
血と汗で磨かれた技術は身体に刻み込まれ決して裏切らない。
無意識の内に生存へ向けより最適な動きをする様になる。
これがただ得るだけのステータスやスキルとの違いだ。
己に出来る事と出来ない事を明確化していく作業とも言える。
そうして精魂尽き果てて帰還した後は、お楽しみの肉体鍛錬だ。
筋肉と精神は追い詰めて限界を迎えてからが本番である。
とことん苛め抜き超回復を図る。
基本能力が向上している俺達なら尚更そのハードルは高い。
自分だけでなく皆を巻き込みながら明るく爽やかに浜辺で鍛錬に取り組む。
皆からは「おっさんの鬼!」「きゃう~ん」「まさに悪魔の所業」「ガリウス様は人でなしですわ!」「し、死兆星が視えるでござる」等と、親愛に満ちたお褒めの言葉を賜るが……気にしない。
皆を生存させる為なら俺は何でもする。
どんな窮地でも見捨てないし、望むなら外道にもなろう。
幸い涙も鼻水も出なくなった頃には静かになるしな。
返事がない、物言わぬ屍のようだ……状態になった次の日は休養である。
別荘をベースに豪勢に遊び、食べる。
飴と鞭というなかれ。
これが心身ともに有効なのだ。
日に日に別荘の家計に与えるダメージがクリティカルになってきているが。
たまには海底ダンジョンにある酒場にも顔を出し唐揚げの売れ行きを気にしつつ顔見知りになった面子と馬鹿騒ぎもする。
そんな心温まるハートフルで穏やかな(?)日々が過ぎていき……いつの間にか半月が過ぎようとしていた頃――
事件は起こった。




