おっさん、圧倒される
「ここが【龍の宮】内部なのか……」
圧倒的な光景を前に思わず漏れ出た呟き。
しかしそれも無理はないだろう。
覚悟はしてたもののカエデとルゥ以外の三人も俺と同じく呆気に取られている。
果てが視えない薄暗く照らされた広大な空間。
東方風の回廊や城塞が複雑に絡み合い蓄積されたそれはさながら城。
現在進行形で内部構造が変わりゆくのは狂気の造形物としか形容できない。
異界。
海底ダンジョン【龍の宮】そうとしか例え様の無い造りをしていた。
「これだから未だにダンジョン制覇がされていないんだね……」
「確かにこうも頻繁に構造が変わっては地図も意味ないでしょうし」
「それだけではござらん」
「どういうこと、カエデさん?」
シアとフィーの話を耳にしたカエデが油断なく周辺を警戒しながら呟く。
しきりに地面や壁を叩き反響を気にするカエデ。
奇矯と取れるその様子を見ながら不思議そうにシアが尋ねる。
まあ、確かに察知系のスキルがない者には不審にしか思えない行動だろう。
だが俺もスキルアップした恩寵か、彼女のレベルに近い域まで達している。
カエデが何を言いたいのかを把握している者として、彼女の言葉の続きを待つ。
「どうやらこの内部には多種多様な罠が設置されているようでござる。
一見すると何気ない回廊。
されどその端々に随分厭らしい罠の設置箇所が見え隠れしている。
なので拙者の指示する場所へは決して踏み入らぬようお願いしたい。
軽めの罠でも重症。悪ければ――」
「悪ければ?(ごくり)」
「パーティの壊滅でござるな」
「うあ~ボク、絶対言う事ききます!」
「わたくしも同様ですわ」
カエデの言葉に首をガクガクしながら応じる二人。
しかしさすがは盗賊ギルド推薦の人材だ。
ダンジョンに入った瞬間から見事にスイッチが切り替わっている。
今の彼女はプロの斥候役として申し分ない働きだ。
罠感知や罠探索、そしてこういった環境下でも恩恵を受ける迷宮歩き系スキル。
更に俺以上に練り上げられた探索範囲網は優に100mを超えているだろう。
そこに臭気や本能的に索敵を行うルゥが加われば警戒は万全だ。
無論、後詰として俺も警戒を怠ることは無くそこに参入する。
だが先程から無言のまま浮かない顔をしているリアが気になる。
普段のエキセントリックな言動から想像も出来ないほど聡明な賢者であるリア。
それは時として俺達の推察より数段高みに到る。
言い出し辛そうな彼女の変わって何気ない風に訊いてみる。
「どうしたんだ、リア?
「ガリウス……気になる事がある」
「なんだ?」
「この海底ダンジョン内部のガーディアン達がどのようなものかは訊いた?」
「いや。
ここは一般住民には禁忌の場所だし、酒場にいた冒険者たちも都市に住み着いた妖魔達の駆逐が主でここには踏み入ってはないから不明だ」
「だからか。
ん。これはパーティの頭脳役として皆に警告」
「どうした?」
「なになに?」
「気になりますわ」
「このダンジョン内部に渦巻くのは混沌としたマナ。
細分化されず未分化のまま現出しているのを感知した」
「……意味がよく分からないのだが?」
「黙って聞く。
ここからは仮説。
おそらくこの【龍の宮】という所は西方地域の浄化施設も担っている」
「浄化施設?」
「そう。
伯爵はここを【世界を支えし龍】そのものと言った。
かのナーザドラゴン達の使命は世界の澱みの鎮静化。
つまりここは龍が取り込んだ混沌……健全なる世界の運営にとって不穏なものをゆっくり浄化していく為のシステムだと推測される。
だからこそ内部が常に動き回りマナの値が安定しない。
なので気を付けて。
ここで放つ魔術は通常よりも数倍増しの効果を発揮する」
「なるほどそうか。
つまりここは人間でいう消化器官なんだな」
「正解。
それと――」
「各々方!
敵でござる!」
「わん!」
索敵センサーや直感が接近する敵を捉えたのだろう。
リアの言葉を遮るカエデとルゥの警告に一同は臨戦態勢に入る。
そして視認できる距離に近付いてきたそれを見て驚愕する。
「なんだ、アレは……」
「アレが先程言い掛けた敵の予想。
カタチにならない混沌として顕現、浄化し切れない澱みの具象化」
こちらに向かい飛翔してくる5匹の生物。
それは体の半分が燃え盛りもう半分が冷気で構成されたサラマンダー……
仮に名付けるならアイスサラマンダーとでもいうべき未知の存在だった。




