おっさん、試行したい
「何回も説明するが、ここ【龍の宮】はランダム生成型のダンジョンだ。
毎回内部構造が変わるし敵や罠も再配置されるらしい」
ダンジョンにアタックする前の最終点検を行いながら皆に確認を行う。
うるさいようだが一党を預かる者として、報連相はしっかり確立しておきたい。
特に今回は難度の高いダンジョンである。
A級クラスのミズキ達、何よりS級クラスですらまだ未踏破なのだ。
どんな窮地が待ち受けているか分からない。
久しぶりに身体を締める付ける硬革鎧のグリースの匂い、下地として纏う鎖帷子の重さに前衛として頼りがいを覚えつつ俺は皆を見渡す。
「何度も聞いたけど……大丈夫だよ、おっさん」
「ん。カエデが事前情報を収集してくれている。
それに加え今回からはプロとして同行もしてくれる」
「人事は尽くしましたわ。
あとは天命を待ちましょう」
先程までお菓子に一喜一憂していた顔はどこへ行ったのか?
俺が改めて発破を掛けるまでもなく、シア達三人は既に熟達した冒険者の顔へと変貌していた。
常在戦場とまではいかないが……
日常から非日常へ意識を瞬時に切り替えるスイッチのオンオフは、パーティ結成以来俺が徹底的に鍛え上げてきた部分だ。
これに関しては疑う余地も無く信頼している。
今この瞬間、敵が出て来たとしても俺達は即座に対応する事が出来るだろう。
阿吽の呼吸で動いてくれているルゥに関しても心配はいらない。
となれば本格的な探索業では初めて同行するようになるカエデが心配だが……
「いけるか、カエデ?」
「愚問でござるよ、ガリウス殿。
これこそ拙者にとっての本業。
やっとパーティの一員として働く事が出来る」
手慣れた様子で黒装束を纏い、各種ツールの点検を行っているカエデ。
パーティ加入以来、愉快な一面ばかりを覗かせてきた彼女。
だが、やはりこうして見ると隙が無い。
カエデの持つ【迷宮探索】【罠感知】などのスキルは、ダンジョンでは遺憾なく発揮されるだろう。
彼女は盗賊系でありながら前衛を務められる戦闘能力を併せ持つ。
探索や情報戦のみならず、攻防に渡ってパーティを支えてくれる存在という俺の直感と認識は間違いないようだ。
「さすがは【忍者】だな。
有名なS級ヴィヴィと一緒で、共にすると本当に心強い」
「何のことでござる!?
せ、拙者はただの女盗賊。
そんな女性系忍者である【くノ一】などではないでござるよ(にんにん)」
「語るに落ちてる気がする……」
「わんわん!(うんうん)」
「ん。突っ込んだら負け」
「バレバレですけど……知らない振りをしてあげましょうね。
忍者とは忍ぶ者、らしいですし」
「そうだな、ツッコミは控えよう」
「ぐっ……
拙者は皆の厚き温情に感謝すべきなのだろうか?
それとも自身の迂闊さを呪うべきなのだろうか?」
「まあ、あまり気に病まないようにな。
じゃあ改めて皆に言うが……ここのダンジョンはかなり厄介だ。
実際目の前に見えてる宮殿から予測される内部構造とは違う。
あのいかにも怪しげな入口だってあくまで外見だけだ。
今回苦労して入手した通行許可証が無ければ入る事も出来ないらしい。
俗に言う位相空間型でありランダムに内部が組み変わる。
こないだの天空ダンジョンと違い緊急脱出も出来ないしな。
初回という事もある。
無茶はせず慎重に行こうと思う」
「了解」
「あん!」
「心得た」
「畏まりましたわ」
「お任せでござる」
「よし。
じゃあ、準備も出来たし……行くぞ」
一同を見回し状態を把握。
問題が無い事を確認すると俺達は隊列を組む。
斥候役として最前列にカエデ。
索敵に優れた俺、ルゥがその後の前衛。
術師であるフィーとリアが後衛。
最後尾にはパーティ屈指の戦闘能力を持つシアが付く。
勇者が後衛を務めるなんて意外かもしれない。
しかし人員に余裕があるなら後衛にも信頼のおける壁役(前衛)を配置しろ、というのは師匠の教えの鉄則事項である。
勇者の家庭教師で名を馳せた賢者の指摘通り、ダンジョン探索で怖いのは戦闘が続き疲弊したところからのバックアタック、もしくは挟撃だ。
瞬時に隊列を組み替えれれば一番なのだろうが、戦闘中はそうもいかない。
一応、もし直接戦闘に巻き込まれても、回避に専念すれば何とか捌けるくらいには二人を鍛え上げたが……それも所詮は付け焼き刃。過信は出来ない。
なので窮地を支える壁役が後衛にも必須なのである。
その点シアの実力は申し分ない。
単独の戦闘力は破格だし、小柄ではあるも俊敏で立ち回りも上手い。
何より後衛からでも【魔法剣】を使い参戦できるというメリットがある。
さすがは勇者、汚い。汚過ぎる。
一般戦士からしたら本当に反則だと思う性能だ。
まあそんな俺も今やクラスチェンジを迎え、唯一職【英傑】だ。
いきなりの実戦で不安を感じないでもないが……まずは自分を試したい。
俺達は無言で意志を確認し合うと遂に【龍の宮】へ足を踏み入れるのだった。




