おっさん、絶句する
「待たせてすまなかったな、皆。
では早速戻るとする――」
「ああ、それまだ食べてなかったのにぃ!」
「フっ……所詮この世は弱肉強食。
油断したシアが悪い。ねールゥ?」
「きゃうんきゃうん(うんうん)」
「裏切ったね、リアにルゥ!
ボクの心(食欲)を踏みにじったな!」
「いやいや……賢者殿の仰ることはまったく正論でござるな。
弱ければ食えず、弱ければ満たされない。
人の世は何と儚き事か……」
「台詞はカッコいいですけど口元がクリームでベタベタですわ、カエデ。
あとシア……
リスの様に頬を膨らませてキープするのは年頃の娘としてどうなんですの?」
アリシアとのやり取りを終え【転職の間】を出た俺を待ち受けていたもの。
それは女性陣による苛烈にして熱狂的な狂乱の宴(お菓子の取り合い)だった。
その理由を知っている俺としてはあいつらのハマり具合が痛く分かる。
だが魔神共が暗躍してる以上、あまり無駄にしている時間はないだろう。
何より危険性がある以上、放置して置く訳にはいかない。
ここは心を鬼にして窘めるとするか。
「ほれ、休憩は終わりだ。
探索許可も貰ったし、もう行くぞ」
「むー! むーむ(ふりふり)!!」
「ん。がくじょつへひひなはんてんへもにむひ(学術的な観点からも無理)」
「ふもっふふもっふ」
「お、お前ら……」
食欲の権化と化している一同。
呆れたつつも声を掛けた俺の誘いに、首を振り断固拒否の意を示す。
俺は軽く溜息をつくと、強引にテーブル自体を引き剥がす。
驚きつつも抵抗しようとするのを何とか引き摺りながら、来た時と同様、手を組み祈りを捧げる。
すると俺達は瞬く間に海底都市にある巨大な龍像の前に戻ってきた。
周囲の風景を見るに現実世界との時間差はおそらくコンマ数秒。
あの世界【神域】では時間の流れすら違うらしい。
もしかしたらよくダンジョン等で感じる時間経過の違和感は、こういった時間の流れの違った箇所によるものなのかもしれない。
一人納得している俺の脇で、その場に崩れ落ちさめざめと泣く一同。
大衆演劇みたいに袖に掴まりながら、ヨヨヨと涙ぐんでくる。
「ううう……酷いよおっさん」
「ん。これには賛同せざるを得ない」
「何がだ」
「まだ愛しいマカロンちゃん……
キュートなクッキー君がボクを待ってたのにぃ~」
「同感でござる!
ふかふかのシフォン殿にハチミツたっぷりのパンケーキ様。
いくらガリウス殿といえど赦されざる行為でござる!」
「あんあん!」
「阿呆。
まだ分からないのか?
あれ以上空想産物に入れ込むと――最悪中毒になるぞ」
「――え? そうなの!?」
「どういうことなんですの?」
「あの世界【神域】は高度な仮想空間であるとさっき改めて説明を受けたよな?」
「うん」
「確かに聞いた」
「何でも自由が利くって事は――つまり人の味覚が認識出来る限界を超える味をも再現できるって訳だ。
特にアリシアは人を持て成す事を優先するあまり、そういった事に対し無頓着なところがあるしな。
美味さは半端ないが――それに慣れると脳がおかしくなるぞ。
現実で何を食っても美味く感じなくなる……行きつく先は拒食症だ。
それでもいいのか?」
「うあ……それ、かなり嫌かも。
三大欲求を潰されたらボク、生きていけないよ」
「確かにあの美味しさは尋常じゃなかった。
まさかそういった裏があったとは……
賢者の末席に身を置く者として恥ずかしい限り」
「無理もありませんわ。
わたくし達の予想を遥かに超える美味しさでしたもの」
「ええ、まさにこの世の桃源郷でござった」
「アリシアは性格に多少難点があるが悪い奴じゃない――だが人間の機微に疎い。
美味しいものや快楽を与えるのは構わないが、誰もが誘惑に勝てるほど強くないという事を超越者達はしっかり認識してほしいもんだ」
「――快楽?」
「ん?
ああ、まあ詳しい話はいいだろう」
「???」
「あっ……」
「んっ……そういうこと」
よく分からないといった感じのシアとカエデ。
思い至ったのか頬を染め顔を伏せるフィーに、納得したように頷くリア。
下世話な話、セックスなどの性的関連にあの空間の技術を応用すれば人は快楽の虜になる。
神域の管理代行者の一人であるアリシアは理知的で賢明だからそういった被害は起きてないが――それに近い事を別の超越者に願い出た者が過去にいたらしい。
果たしてそいつがどうなったか?
人の許容範囲を超えた快楽、それは過剰な脳内麻薬の分泌を促す。
これは魔術でも完全には再現できない猛毒の快楽物質だ。
それを仮想現実という歯止めが効かない世界で連続で味わったらどうなるのか。
結果――そいつは廃人になった。
現実という刺激に反応しなくなり、夢の世界の住人となってしまった。
この事件を機に、超越者達も人族に関する報酬でも過剰な介入は好ましくないと理解したようだ。
何事も過ぎれば毒となる。
自制と自省が人族には必要なのだろう。
そこまで考え、ふと気になった俺は尋ねてみる。
「――そういえば、シア」
「な~に?」
「お前の言う三大欲求ってなんだ?」
「うん? くうねるあそぶ、かな?」
「……長生きするな、お前は」
「そう?
良く分からないけど……まっいいや。
それでおっさん、無事転職出来たの?」
「その言い方だと良い歳して無職に成り掛けている中年っぽいから止めろ。
ちゃんとクラスチェンジと言え」
「はいはい。
それで――クラスチェンジは出来たの?」
「――ああ。
一応ちゃんと出来たみたいなんだが……」
身体を見回し軽く動かしてみる。
いつもに比べ、少し動きのキレが悪い。
関節の節々に澱が溜まっているような感覚。
おそらくレベルがリセットされた結果、ステータスが下がったのだろう。
また鍛え直さなくちゃならないな。
幸い皆がいるお陰でレベル上げに苦労しないのは幸いだ。
日数を空けず元の強さを取り戻す事が出来るだろう。
とはいえ、まずはスキルを確認してみるか。
上級職は下級職と違い最初からスキルを所持している。
唯一職である俺は従来のものに加え、どのようなスキルを授かったのだろう?
未だ謎な英傑なるクラス。
アリシアにはああも啖呵を切ったが……やはり少しドキドキするな。
皆に転職の間で起きた一連の事を説明し、俺は冒険者証をかざす。
表示の意志に応じ間を置かず出てくるスキル欄。
博打はしないが、小遣いの全額を賭けた様な気持ちで祈りと共に覗き込む。
「――はっ?
……なんだこれは?」
そこに表記された内容に俺は思わず絶句するのだった。
ネーム:ガリウス・ノーザン
レベル:82⇒1
ランク:AA
クラス:英傑(決戦存在)
称 号:魔神殺し 闇夜の燈火 死神に滅びを告げる者
スキル:ノルファリア練法(剣術:マスター)
四大基礎魔術(熟達:アデプト)
銀月流魔現刃(前衛戦闘型:天仙)
汎用型戦士セット(直感、瞬間剛力、反射即応、身体強化、戦術等々)
汎用型斥候セット(探索、危機感知、情報収集、観察眼、罠解除等々)
汎用型生活セット(調理、掃除、鑑定、集中、交渉、全感覚強化等々)
英雄の運命【聖念を以て〇〇〇に至る技法】(エラー:解析不明)
新 規:【嘲笑う因果】(そんなこともあろうかと)L1
定められた運命への反逆、不可逆なる現実へ刺し込み嘲笑する言葉。
最大制約数L×一文字。
因果律への介入、事象への干渉を可能とする。
職業である【英雄】と呼称としての英雄が紛らわしいので、
クラスチェンジ後の職を【英傑】に変更させて頂きました。
なのでガリウスは英雄と呼ばれる【英傑】ですね(呼び方は変わりません)。




