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おっさん、転職する


「さて、それでは肝心のクラスチェンジについてですが――」


 しばしの雑談の後――

 穏やかに微笑み直したアリシアは勿体つける様に口を紡ぐ。

 何かを思案する様に束の間沈黙し、再度その可憐な唇を開いた。


「詳しい話は別室でお話しした方が良さそうですね。

 申し訳ございません。

 ガリウス以外の皆さんは、ここでしばらくお待ち頂けますか?」

「はい。別に構わないですけど……」

「ええ、拙者も問題ないでござる」

「あ、でもいったい何をされるのでしょう?

 神域にいらっしゃる方々に性別は無いとはいえ、今のアリシア様は男性体。

 密室、二人きり……無論何もない筈がなく……(ハアハア)」

「か、神々の眷属にカップリングを催すのは不敬を通り越して尊敬。

 でも天罰降臨しない内に止めた方がいい」

「まったくだ。

 何を考えてる、何を!」

「フフ、貴方を心配されてるんですよ

 皆さんありがとうございます。

 これは私からのサービスです。

 直接おもてなし出来ないのは心苦しいですが、どうぞご賞味下さい」


 疑問顔の一同へ向かい、軽く指を鳴らすアリシア。

 次の瞬間、何もない空間に瀟洒なテーブルと椅子が出現する。

 その上には人数分のティーセットが鎮座していた。

 さらに生クリームがたっぷりと盛り付けられ、瑞々しい果物が三段重ねもされた豪奢なケーキにマカロン・クッキー・天然ジャムの付け合わせまで。

 まるで魔法の様だが……これは文字通り魔法だ。

 この空間、神域においてアリシアはまさに造物主なのである。

 己の意思で宙空に物を出すなど造作もない。


「こ、これ……ホントにいいんですか?」

「どう考えても美味しいに決まってるでござる!」

「わん!」

「ええ、構いません。

 どうぞ皆さんでごゆるりとご堪能下さい」

「でもわたくし達だけ食べたらガリウス様に悪いですし……」

「ん。それにカロリーが気になる」

「確かにね……ここ数日、まかないはずっと唐揚げだったからな~」


 悩まし気な貌をする女性陣。

 ふむ、ではこの俺が悪魔の囁きをするとしよう。


「ああ、そうそう……シア」

「な、何?」

「この空間はな、さっき現実じゃないって言っただろう?」

「うっ……うん」

「だからな……

 ここでいくら飲み食いをしても――太らないぞ?」

「ほ、本当?」

「マジですか!?」

「ありえませんわ!」

「真偽を知りたい!」


 気迫の籠った一同に詰め寄られさすがのアリシアもタジタジしている。

 しかしそこは神々の眷属が一柱。

 咳払いを軽く一つ行うと、何事も無かった様ににっこり微笑み応じる。


「ええ。本当ですよ。

 ここは人族の無意識領域を使用して構築された仮想世界。

 五感はありますが……肉体的な影響は現実世界にフィードバックされません」

「ん。それは良い事を聞いた!」

「もう~ダメでござる!」

「ボクも我慢できない!」

「わんわん!」

「それでは遠慮なく頂きますわね、アリシア様!」

「ハハ……そこまで喜ばれると光栄ですね。

 はい、どうぞ召し上がれ」

「~~♪」


 甘いものには目がない一同。

 普段仲の良いこいつらが甘味を相手にする時だけは昔からガチだった。

 よく会話が終えるまで理性が保ったものだ。

 お行儀はいいものの旺盛な食欲を見せ始める。

 俺とアリシアは顔を見合わせ苦笑すると、そのまま別室……通称【転職の間】へと入る。

 以前シアのクラスチェンジの際、付き添いでここまで来たから間違いない。

 あの時はアリシアとは別の、しかも無機質で無個性な天使による塩対応だったが周囲に見覚えがある。

 そこは床に幾何学模様の魔法陣が敷かれた神秘的な空間だった。

 最もアリシア曰く、魔法陣だの何だのはただのハッタリで、本当はこの空間に超越者である神々と有資格者【踏破者】が二人きりになることが条件らしい。

 中央に招かれた俺はアリシアから説明を受ける。


「以前にもお話しましたが……

 貴方は儀式による前段階を経ず、いきなりクラスチェンジ――

【魂の昇華】が可能です。それは忘れていませんね?」

「ああ、故郷でも散々言われてきたから知っている。

 ただレベリング的に資格を得るのが難しい事も」

「生来の勇者であるノルン一族……かの一族はレベルアップに必要な取得経験値が通常の倍近い。戦士の身でありながらクラスチェンジに到る最低レベル80を超えるのは至難の業だったでしょう……彼女を喪った貴方の努力が偲ばれます」

「そんなことは無い。

 あいつらに囲まれ――面倒を見て、面倒を懸けながら共に鍛えてきた。

 理不尽を嘆いた事はあっても、これまで辛いと思ったとかはないさ」

「さすがは〇〇の寵愛を受ける嬰児……強い心をお持ちだ」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、独り言です。

 さて――ガリウス。

 貴方は踏破者になりクラスチェンジする資格を得た。

 実際には必要最低限のレベルだけでなく――魂の鍛錬も同時に並行しなくてはならなかったので大変だったでしょう。

 善い行いと善い生き方をしてきたことは決して無駄ではありません。

 悪人がクラスチェンジ出来ない理由がこのカルマの蓄積による因果です。

 安易で享楽的な道でなく困難で辛抱強さを抱える道程を経てきた。

 それ故に貴方には三つの道があります」

「三つ?」

「――ええ。

 一つめは他の基本職への転職。

 二つめは上級職である各戦士職へのクラスチェンジです。

 一撃に全てを掛ける【重戦士】やスピードを売りにした【軽戦士】など。

 幸い貴方の鍛え方は大変素晴らしいものです。

 一番目は論外でしょうが、例えどのような戦士系上位職にクラスチェンジをしてレベルが1になっても問題なくやっていけるでしょう」

「――待ってくれ、アリシア」

「……はい」

「何で――その二つなんだ?

 残りの三つめは?」

「……訊きたいですか、やはり」

「――ああ」

「では説明しましょう。

 生来の勇者の一族でありながらシアさん――勇者という特異点に接触した結果、貴方の中に眠る潜在能力――オーマに新しい可能性が生まれました」

「可能性?」

「はい、それは【唯一職オンリージョブ】です。

 他の誰もが持てない――貴方だけに秘められた可能性です」

「……率直に聞いていいか?

 それは――何だ?」

「計算されない未知なるもの、としか説明出来ません。

 これまで唯一職に到った前例は歴史上という観点ですら僅か三名。

 唯一職の名と能力は各自違うものの――

 その誰もが強力無比なる力の持ち主となっています」

「……なら、今回俺の選択に浮かんだ職業の名は?」

「【英傑ヒーロー】……そう呼ばれものみたいです。

 これがどの様な【職業】なのかは私にも分かりません。

 ただ――ひとつだけ。

 この職業の力は、上手く使えば超越者の域にすら及ぶでしょう――

 本来であれば、人の手には余るものです。

 私はお勧めはしませんが――」

「――なら決まりだな。

 俺はダンジョンを制覇する為、何よりあいつらを守る為にもそれを選ぶ」

「決心は固いのですね?」

「ああ、先に逝ったあいつに報いる為にも――俺は強くなる。

 魔神を斃し尽くすまで、どこまでも強くなり続けるしかないんだ」

「……分かりました。

 なら目を瞑りなさい」

「こうか?」

「ええ……そのままで」


 閉眼した俺に近寄るアリシア。

 無言で俺の頬を挟むとその顔を――って、ちょっと待て!

 慌てて開眼し離れようとした俺だったが、目の前に口元を抑え笑うアリシアの姿があった。

 こ、こいつまさか……


「――キスされそうになったと思ったんですか?

 本人に断りもなくそんな無礼な事はしませんよ。

 でも、私がこれをすると――皆さん慌てるんですよね」

「そりゃあ……誰だって、な」


 神秘的な美貌を持つ麗人に迫られたら男女問わずドキドキするわ!

 そんな俺の様子がおかしいのか、まだ笑いが収まらないアリシア。

 楚々たる物腰に今まで騙されてきたが……

 こいつ、意外と性格が悪いのかもしれない。

 だから俺の声が荒くなるのは仕方がないと思う。


「それで――いつクラスチェンジできるんだ!?」

「――もう終わりましたよ?」

「はあっ!?」

「先程も申し上げた通り、七色の光が乱舞するとか、高らかにファンファーレが鳴り響くとかの演出があった方が良かったですか?

 物足りないかもしれませんが、私が直接貴方に触れた段階でクラスチェンジは済みました。クラスチェンジは魂の昇華ですからね。あとは通常空間に復帰した瞬間から貴方は【英傑】の職に就く様になります」

「……盛り上がりも何もないんだな。

 今までの苦労や気構えはいったい……」

「そういう仕様なので。

 現実は得てしてそういうものですよ、ガリウス。

 貴方は苦労に見合った力を手に入れました。

 とはいえクラスチェンジで大きく何かが変わった訳じゃない。

 ただ……可能性という枠が外れたのは自覚して下さい」

「枠が外れた?」

「ええ。貴方が可能としてきた多くの事――

 それがクラスチェンジにより昇格したという自覚です。

 これは器用貧乏を自嘲しながらも……

 己を満遍なく鍛えてきた貴方にしか持ちえない特性。

 皆が羨む強力無比なスキルを覚えて無双するのではありません。

 今の貴方は誰よりもほんの少し速く――ほんの少しだけ強い。

 人にして人の可能性を超える存在なのですから。

 さあ――皆さんが待ってます。

 早く戻りましょう」

「そうだな……

 っと、最後にもう一つ訊いていいか?」

「何でしょう?」

「勇者の選考基準は分かった……

 ならば――唯一職になれる基準はなんだ?

 俺は自分でいうのも何だが――面白みのない奴だ。

 大層立派な一族に生まれたが……落ちこぼれて出奔したからよく分からない。

 高レベルという条件上、クラスチェンジに到った人数が少ないとはいえ……

 歴史上そんなに人数は多くないみたいだし。

 前衛で戦う意志が強ければ戦士や武闘家、敬虔な信者なら神官、賢明な者ならば術師……なら唯一職の選考基準はいったい何だ?」

「……さあ?

 私も全知全能ではないので。

 もしかして――おっさんであるかどうかの年齢制限ですかね?

 あ、加齢臭がポイントかもしれません」

「……真面目に聞いた俺が馬鹿だった。

 まあ探索と術式の許可貰ったしクラスチェンジを含め、訊きたい事は訊けた。

 俺達はお暇することにするよ。

 じゃあな、アリシア。本当に世話になった!」


 真面目な疑問に対する返答に憤慨した俺は、ぶっきら棒にアリシアへ頭を下げると、大食いに挑戦しているチャレンジャー共を回収しに外へ向かう。

 この時はこれからの自分の事でいっぱいで常在戦場を忘れていた。

 周囲に対する警戒を怠ってしまっていた。

 だから――聞けなかった。

 俺の後姿を見ながら呟いたアリシアの言葉を。


「唯一職の選考基準……

 それはね――魔神の血を引く者なのですよ、ガリウス。

 今より昔、世界結界がまだ作用していない頃に人と交わった魔神……

 つまり魔族の系譜に連なる証。

 職業という加護でなく、枷を負わせることでその本質を縛る為のもの。

 クラスチェンジをして力を得るのではありません――

 魔族としての特性を解放するだけなんです。

 生来勇者の父と魔族の系譜に連なる母の間に貴方は生を受けた。

 故に貴方は故郷で疎まれた……一族の忌み子として。

 そんな真実を、復讐に駆られた今の貴方にはとても説明できません。

 何より貴方はさらなる苦難の道を選んでしまった。

 さてはて……運命は貴方をどのように導くのでしょう?」

 

 

    



  



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