おっさん、見蕩れる
「如何なる方法を用いたのかは不明ですが……
鏡像魔神は龍の張った選別結界を乗り越えました。
おそらく高位存在の干渉を受け、魂の【書き換え】を行ったのでしょうね」
「書き換え?」
「はい。別名【リライト】の外法。
貴方達がクラスチェンジと呼んでいる魂の昇華の真逆、言うなれば魂そのものを劣化させ別人へと作り替える行為です。
属性を選別し招き入れる龍の結界は確かに強大。
例え魔神将といえど安易に打ち破れるものではありません。
しかし自分を存在レベルで人間と認識してしまったものには無力です。
こうして魔神共は属性を詐称、難民に偽装して潜り込んだ。
イリスフィリアは手引きされた魔神共によって、今も身体を蝕まれています。
何とか奴等を龍の宮に閉じ込め危害が広がらぬよう力を抑えていますが……徐々に弱体化していってる。
都市のインフラだけでなく西方地域の守護を兼務してるのですから当然です。
このままではかの龍もいつか斃れ伏してしまう。
私自身や神々が直接介入する事は禁じられてます。
なので奉納点を以て龍の住む神域と貴方達が結ばれる一瞬……この瞬間を狙ってこの場にお招きをしました」
成程、そういった話の背景が召喚の裏にあったとは。
だからこそ俺達が呼ばれたという事か。
ならば俺達がやる事は決まっている。
「事情は分かった。
そういった事なら一刻も早く龍の宮――海底ダンジョンに臨みたいと思う。
奉納点は十分に稼いだ。
全員分の探索と術式使用の許可をお願いしたい」
「ええ。では皆さん御手を掲げて下さい」
アリシアの言葉に手を掲げる俺達。
次の瞬間、淡い光を放ったと思いきや手に幾何学模様の紋章が刻まれる。
「はい――これで終了です。
皆様、お疲れ様でした」
「もう終わりなのか?
……何だか呆気ないな」
「ご希望とあらばファンファーレでも鳴らしましょうか?
派手な発光エフェクトでも構いませんが」
「いや、辞退被る。
ただ苦労して集めた割にしてはどうかな、と思っただけだ」
「フフ……神域から覗かせて頂きましたよ、ガリウス。
今までああいった方法で奉納点を集める試練を乗り越えた者はいません。
やはり貴方は発想が独特ですね」
「それって褒められてるのか貶されてるのか――よく分からないな」
「褒めているに決まってます。
時代を切り開くのはいつも発想の転換。
貴方の様に唯一無二な思考の持ち主は貴重なのです」
「ならいいんだが、な。
そういえばアリシア、一つ頼みがある」
「はい、最後まで言わずとも重々承知してます。
クラスチェンジの件ですね?」
「え? いや、違うんだが」
「そうなのですか?
てっきり魂の昇華を行うのかと思いました」
「いや、レベル的にはともかく――
今の俺じゃ、まだ適性を得てないだろう?」
「そんな事はありませんよ。
以前に比べ、貴方を形成しているイデアが格段に向上しています。
高純度の思念閾値が渦を巻き螺旋を描いている。
可能性と希望に満ちた正しきオーマの輝き。
見る人が視ればすぐ判明するものなのですよ。
貴方が人の枠を超えし者――即ち踏破者に到った事を」
「ならばすぐにでも――」
「まあ、待ちなさい。
性急に事を運ぼうとするのは貴方達人族の悪い癖です。
それに皆さんが置いてけぼりですよ?」
「っと、すまない。
俺達だけで勝手に話を進めて」
「う、ううん。
難しい事はボクには分からないから……二人で進めて?」
「わん……」
「確かに拙者が想像も及ばぬ会話でござるな」
「ん。問題ない。
学術的に興味深い話ばかり。
黙って聞いているだけでも含蓄が深まる」
「同感ですわ。
だからガリウス様、どうかお気を遣わず」
「そうはいくか。
せっかくの機会なんだから――俺に遠慮しないで色々聞いておかないと」
「そういうもの?」
「ああ、遠慮はするな。
そういえばアリシア、まず最初に訊きたい事がある」
「何でしょうか?」
「シアが勇者に選ばれた。
この選考基準は何かあるのか?」
「う~ん……これを話していいものか。
まあ――貴方達なら大丈夫でしょう。
勇者の選考基準、それは偏に神々……
超越者たる器に堪えうる魂の持ち主だからです」
「――はっ?」
「――へっ?」
「じゃあ、何か……
シアがレベルアップを続ければ、いつかアリシアみたいになり得る、と?」
「そうですよ。
遥か遠き未来にて、いつか神に至るもの。
それが――勇者です。
我々の責務に後継者を探し導くというものがあります。
可能性の枝葉をより広げる為に。
人族に対しこれだけの支援を送るのはそんな雛鳥の卵を守る為でもあります。
がっかりしましたか?」
「いや……むしろ色々納得がいった。
何で勇者だけがあれだけの力を得るのかとか――
どうして神域にいる者らがここまでこの世界を支援してくれるのかとか。
つまりは――ちゃんとした理由と利益が存在していたんだな?」
「はい、その通りです。
我々も無償の援助を送り続けるほど余力はありませんので。
人族のみならず、可能性を持つ知的種族にしか介入しません。
この世界の住人は古の時代より異界からの侵攻に対し、果敢に反抗した。
絶望に屈せず戦う道を見せた。
我々は公平にそれを測り、人族を助けたいという結論に至りました。
だからこそ――この世界の雛鳥たちの名は【勇者】なのです。
勇気と希望を捨てず、運命にすら抗う事を示す者。
我々はそういう魂の在り方を好ましく思います。
今の貴方みたいにね、ガリウス」
穏やかな口調で語り、最後にウインクすらサービスするアリシア。
ユーモアに溢れ、それでいて内側に秘める完成された重圧感。
こういうところは本当に敵わないと思う。
「でも、でも」
「どうしました、シアさん?」
「そんな重要な事――ボクたちが知ってしまっていいの?
よくあるパターンだと偉い人に消されるんじゃ……」
「ああ、こんなものは公然の秘密ですよ。
生臭い話ですが――
我々がこうして世界に介入している事は各国首脳関連は周知済みです。
我々の目的を知り有効活用しようと、彼らも色々画策してますし。
急造に勇者を育成しているのも魔神を含む異界侵略者のみならず――
我々に対抗する術を模索する為でしょう。
まあその為には膨大な経験値と時間が掛かりますがね。
哀しい誤解ですが、我々がこの世界に降臨し人族を支配するとでも思っているのでしょう。
証明する術はありませんが……我々は後継者の成長と人族の尊厳を守る事以外に関心はないのですけどね」
困ったものです、と苦笑するアリシア。
慈母の様なその表情はまるで傾国の美女の様に美しい。
世界を取り巻く謎の一端に触れたせいか――
俺達は開いた口が塞がらない思いで、その美しい笑みに見蕩れるのだった。




