おっさん、涙をこぼす
「ここは……」
「いったいどこなんでござる……?」
周囲を見渡しながらシアとカエデが呆然と呟く。
かなり驚いているようだが仕方ないだろう。
一瞬にしてこの場にいる事もだが……初めてここを訪れた者は、まずこの寺院の造りに圧倒されてしまう。
質実剛健でありながら絢爛豪華な威容。
相反するそれらが矛盾なく調和を以て一体化していた。
金でなく歴史の重みを感じる内装はもはや神秘を得るまでに至っている。
窓から覗く周囲の風景は黄金に染まり幻想に満ちていいた。
「ここが【世界を支えし龍】の住まう世界、か……」
ある程度の事情をレファスから聞いていた俺も思わず口にして確認してしまう。
祈りを捧げ宣言をした瞬間――俺達は見知らぬ寺院の内部に転移していた。
フィーの信じる神を祭った神殿、大聖堂とは違い東洋をベースに各宗教施設の装いが施されたような造り。だが、似通っていながら実はそのどれでもない。
その理由を知れば最もな事かもしれないが。
「おそらくそうですわ。
わたくしが主に直結した時の様な神気を周囲から感じますもの」
「通常であれば奉納点を納める対価は念話でのやり取りのみ。
こうして招かれたのは破格の扱い」
「確かに随分気に入られたみたいだな。
まさか自らのお膝元に肉体ごとお招き頂くとは」
「? どういうことなの、おっさん?」
「レファスに訊いた話を覚えてるか?」
「うん、龍神様とのコンタクトの取り方でしょう?
祈りを捧げ奉納点を以て己が望みを叶えるって」
「そうだ。
その際のやり取りは基本龍神様の代行者が脳内に語り掛けてくれる。
だが――例外が幾つかあってな。
龍神様が興味を抱いた存在などは意識体ごと対話の為に召喚されるらしい」
「うえ!? じゃあここって!」
「ああ、龍神様の住まう高次元領域――通称【神域】だ。
ここは宗教家達が俗に言う天国……っていうのは語弊があるな。
要は俺達人類の深層心理を投影した世界なんだ。
だからこの寺院も現実にある訳じゃない。
ここは――俺達の心の中。
正確にいえば俺達の深層心理を下に描かれた仮想現実の世界だ」
「解説ありがとうございます、ガリウス。
説明する手間が省けて大変助かります」
そう言いながら奥へと続く扉から姿を現したのは、神々しいほどの美貌を持った麗人だった。
男女どちらともつかない見た目――
清流の様に美しく流れる銀髪に、サファイアのような蒼の双眸。
さながら天工が身命を注いだ様な容姿。
簡素なローブすらその美しさを際立たせる。
一番特徴的なのは両手の甲で輝く蒼い水晶だろう。
吸い込まれそうな深い色合いのそれは、畏敬を抱かせる神秘に満ちた装身具だ。
あまりの美貌に硬直する俺達の前に来ると丁寧に頭を下げる。
「ガリウス以外は、初めましてですね。
私は龍神様の代行者にしてこの寺院の管理者。
貴女達が超越者と呼ぶ存在でアリシアといいます。
どうぞよろしくお願い致します」
「は、はい……」
「こちらこそよろしくお願いします、アリシア様」
「ああ、お気遣いなく。
貴女達が敬意を以て接してくれてるのは充分伝わります。
なので――以後は様などつけなくて結構ですよ」
「はひ!?」
「――ん。何とか……努力する」
「ええ、頑張りますわ……」
「左様でござるな……」
「きゃうん……」
硬直しながらも何とか失礼がないよう挨拶をかわす女性陣。
無理もない。
アリシアはこう見えて紛れもない亜神の一柱だ。
亜神とは己を鍛え神に到ったもの――通称【超越者】と呼ばれ、俺達人類とは魂の位階が違う存在である。
とはいえアリシアはかなり人類に友好的だ。
数少ない直接謁見できる超越者の一柱であるし、気さくな人柄で話しやすく、人類の隣人たらんとした好意的スタンスを取っている。
ちなみに性別はなく、男でも女でもないらしい。
だから気安く色々相談に(それこそ恋バナでも)乗ってくれると噂に聞いた。
そういたところも人気の一つだろう。
照れる女性陣をニコニコしながら見つめるアリシア。
その様子はまるでハイキングの引率に来た保育士さんの様である。
未完成なこの世界……未熟な人類に手を差し伸べる超越者達からしたら、俺達も多分幼児レベルなのかもしれない。
そんな俺の想いが伝わったのではないだろうが、俺の方へとを向き微笑みを浮かべるとお辞儀をするアリシア。
統計を測った訳ではないがアリシアは誰に対しても礼儀正しい。
慌てて俺も礼を返す。
するとアリシアの双眸が優しく細められた。
「そして――お久しぶりです、ガリウス。
その御様子ですと……ついに吹っ切れたのですね」
「分かるのか?」
「ええ、前に来られた時とは違いますから。
どうやら良い出会いがあったようだ」
「あの時は……本当にすまなかった」
「いえ、親しい方を亡くされたのです。
生き返りの方法を模索するのは誰だって一緒です。
力になれず申し訳ありませんが。
死者復活や時間遡行は干渉値を超える行為。
なので禁止されているのです」
「そこを理解してなかった当時の俺が馬鹿だったんだ。
未だ未熟なこの身を恥じている」
「未熟なのは私とて一緒です。
だからこそ己を鍛えて前に進むのが大切なのですよ」
「耳に痛い言葉だ。
ただ……それでも一つだけ聞きたい」
「何でしょう?」
「あいつは……
彼女は、無事に逝けたのだろうか?」
「はい……
円環の理に基づき、間違いなく輪廻の輪へと戻りました。
通常、魔神に殺された無垢なる魂は消滅します。
ですが――私達の加護があればそれを防ぐことが出来る。
直接この世界に干渉することは禁止されています。
ですが安らかな眠りさえないのは救いがない。
規約ギリギリの行為ですが、せめてそれくらいはさせて下さい」
かつて魔神の策謀により姫巫女たる彼女を失った後――
俺は生き返りの方法を求め、各地を彷徨った。
そして巡り合った秘儀を尽くし幾度かこの寺院へ訪れた事がある。
神の住まうこの【神域】なら何か方法があるのではないか、と。
荒れていた俺はそこでアリシアに出会い色々求め、詰め寄った。
今思い返してみても相当失礼な態度と言動だった。
しかしアリシアはそんな俺に優しく応対し、励ましてくれた。
アリシアの助言と慰撫が無ければ発作的に自殺していたかもしれない。
こいつらとは別の意味で恩人(?)である。
だが――今日ついにアリシアに訊けた。
あいつは無事に成仏出来たと確認出来た。
前回は怖くて訊けなかった疑問の回答に、俺はそっと一滴の涙を流すのだった。




