おっさん、視線を注ぐ
「何というかこれは……
多分、方法を変えないと駄目だな」
「さんせ~い……」
「わんわん……」
「ん。その意見には賛同せざるを得ない……」
「非効率的、でござる……」
「まったくですわ……」
神殿にある宿泊者用の一室。
備え付けられている各ベッドに疲れ果てて突っ伏す一同を見ながら独白した俺の感想に、皆は思い思いに返答する。
普段元気が有り余ってるこいつらがこんな風になるなんて。
やはり慣れない事を全力で取り組むと心身共に負担が大きいのだろうな。
硬革鎧の留め具を外しブーツを脱ぎながら、俺はこうなった経緯を思い返す。
酒場でのやり取りの後――
俺達はさっそく奉納点を稼ぐべく動き出した。
仲介者である店主の指示の下、荷物搬送系のお使い、資材の調達、果ては迷子探しからドブさらいまでその内容は多岐に渡った。
だが常人に比べ体力自慢であるA級冒険者の俺達が、疲労困憊になるまで半日程汗水流して働いて得られた奉納点は各自僅か580ポイント。
店主に訊いて確かめた、目標である【術式使用許可】の5000点までは全然及ばない。まして【遺跡探索許可】である20000点は遥か彼方だ。
先行者達が攻略に苦労している訳をようやく理解した。
ダンジョン探索に到るまでのハードルが高過ぎる。
パーティ構成にもよるが、万全の状態でダンジョンに挑む為にはかなりの時間をロスすることを覚悟しなくてはならない。
「あはは、ご苦労さんやな~」
思索に耽る俺の前にレファスが食料を持って訪室してくる。
転移術が使えない為、別荘まで戻るのも手間なので宿泊をお願いしたのだ。
嫌な顔一つせずレファスは了承してくれた。
ちなみにレティスは早々と丘の神殿に戻ったらしい。
ふらふらしながら入ってきた彼女が持つ大きな盆の上にはホカホカと湯気の立つライスボール――海苔を巻いたおにぎりとミソスープが人数分乗っていた。
かなり重いそれをレファスから受け取ると、俺はテーブルまで代わりに運ぶ。
「あらあら。
おおきに、ガリウスはん」
「別に構わんさ。
それよりレファス、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「何々?
あ、悪いけど――ウチ、許嫁おるからモーション懸けても無駄やで。
レティスちゃんならフリーやけど」
「――いや、訊きたいのはそうじゃない」
「ほならスリーサイズ?
え~と、上から83の57……」
「一晩の宿を申し込んでおいて無礼だが……
頼む、話を聞いてくれ!」
嬉々としてノリノリでスリーサイズを語り始めるレファスの前で、俺はキリキリ痛み始めたこめかみを指で押さえる。
何というか厳粛で淑やかな妹と違い、自由奔放で掴み処がない人だな。
「ほなら――何?」
「レファスは姫巫女として住人とも交流があるだろう?」
「まあ、それなりには。
こう見えて龍神様にお仕えしとるからな。
一応、尊敬というか一目は置かれている感じや」
「街の住人達における、俺達の評判はどうだ?」
「ああ、上々やよ。
真面目で可愛らしい娘達が来たって。
仕事も丁寧だし」
「そうか、なら良かった」
「ただ……」
「――ただ?」
「このままだと正直、前任者らに追い付くのは難しいやろうな」
「ああ、分かっている」
ミズキ達を含む先行した冒険者は半年以上も前からダンジョンに挑んでいる。
既に必要な奉納点を取得済みなのだろう。
実際の探索の腕前はともかく、これから許可を得る為にこの差は大きい。
「まあ、腐らずコツコツ積み上げていくしかないんとちゃう?
この調子で頑張れば――2ヶ月もあれば何とかいけるやろ」
「駄目だな、それでは遅過ぎる。
こっちはただでさえアドバンテージを喪っているんだ。
一刻も早く本命である地下ダンジョン【龍の宮】へ望みたい」
「せやけど――その為には奉納点をたんまり稼がないとアカンで?
前任者らもそれで苦労してたんや」
「ああ、それなら問題ない」
「へっ?」
「この街で半日ほど動いてみて分かった。
短期間で必要奉納点を稼げる――とっておきの秘策がある」
「ふえっ!?」
自信満々で言い放った俺の言葉に初めて素の表情で驚くレファス。
その様子を片隅に捉えながら、俺の視線は湯気を立てる食事へと注がれていた。




