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おっさん、心を宥める


「うあ~綺麗!」

「わんわん!」

「凄いでござるな、これは!」

「ん。幻想的」

「こんな光景をお目に掛かれるなんて……」


 思い思いの感想を述べる一同。

 俺も皆の意見に全面的に賛同しながら周囲を『見上げ』る。

 海面で煌めく太陽光の反射。

 エメラルドグリーンに染まる海中を優雅に泳ぐ魚達。

 移動と共に流れていく景色に照らされるサンゴ礁。

 チープだがリアの言う通り幻想的としか言い様がない。


「いかがですが、乗り心地は」

「ああ、最高だ。

 勿論この見えている光景も含めて」

「それなら良かったです」


 年齢相応の笑顔を見せて微笑むレティスに俺達もほっこりする。

 俺達は今、レティスと共に海中を移動していた。

 透明なドームで周囲を囲み遮る謎の台座に乗って。

 これが恐ろしいスピードなのに慣性をまるで感じさせず、しかもしっかり気密を保っているという摩訶不思議な代物である。

 リアの見立てでは古代魔導帝国時代より前のものらしいが真相は分からない。

 もしかしたら神代のアーティファクトかもしれない。

 何にせよ海底ダンジョンへの行き来は毎回これに乗るらしい。

 王族でも見られない光景に心奪われながら俺は先程までの事を思い返す。


 


 準備が出来たと告げたレティスが案内した先――

 長い階段を延々と下りた先にあったもの。

 それは海に続く薄暗い洞窟の上に浮かぶ不思議な台座だった。

 大理石の様な材質にも見えるが明らかに硬度が違う。

 はて、ゲートがあるんじゃないのか?

 天空ダンジョンへは魔導具の力で転移していたし、ここも同様だと思ったのだ。

 怪訝そうな表情を浮かべる俺達の意図を察したのだろう。

 一足先に台座に乗るとレティスは俺達にも乗る様に促す。

 顔を見合わせ素直に応じる俺達。

 次の瞬間――台座は急に動き出した。

 しかも高速で海中へ向かって。

 海の中では当然息が出来ない。

 また水圧や浮力により前衛の戦闘能力はかなり阻害される。

 慌てて対応術式を唱えようとする俺達をレティスは諫めた。


「ご安心ください。

 この中は空気を含め、全て守られております」


 その言葉通り、目に視えない透明な力場が台座を優しく包み込み保護していた。

 恐ろしい事に周囲から圧し掛かる海水を物ともせずに、だ。

 派手な水飛沫を上げて海中へと飛び込む台座だったが、乗っている俺達は少しも振動を感じなかった。

 悲鳴とも歓声ともつかぬ声が上がるが、やがて感嘆の言葉に代わる。

 海の中へ潜っていく俺達を迎えたもの。

 それはまさに神話の世界でしか例え様もない光景だったのだから。

 かくして冒頭に繋がるという訳だ。


「凄いね~おっさん。

 ボク、こんな風景初めてだよ!」

「まったくだ。

 語彙力が追い付かず……言葉が出ない」

「そこは素直に凄い綺麗でいいじゃん」

「そうだな」

「しかしこうしてるとさ――アレを思い出さない?」

「アレ?」

「ほら、シーマの冒険」

「ああ」


 シーマの冒険とは大陸で知られるお伽話だ。

 伝説の冒険者ウーラル・シーマは数々の冒険譚を世に残した。

 その一つが海にあるという海底人の城である。

 苛められた亀を助けた彼女はその背に乗って海底にあるという城へ赴いた。

 そこで彼女を待ち受けていたのは……という話だ。


「今の今まで俺はシーマの冒険を、空想豊かなお伽話だと思っていた。

 何故なら海中探索は難易度が高い。

 呼吸問題に水圧対策、何より術式発動の阻害がある。

 まさか海中で火球や雷撃をぶっ放す訳にはいかないからな。

 発動できる術が限定されるのが痛い。

 難破船の引き上げなどの依頼が不人気なのもこれだ。

 高レベルの精霊使い……

 それこそ師匠クラスの力が求められるケースもある。 

 ただ実際こうして潜ってみると――

 もしかしたらその認識は誤りだったかもしれないな」

「どういう事でござる?」

「ん。多分ガリウスはこれと同様のケースを想定している。

 つまり亀とはこういった台座型魔導具の暗喩。

 要人を助けたシーマは台座に乗って海底に赴いた。

 それを見ていた人々がお伽話として後世に伝えたと」

「正解だ、リア。

 実はその可能性を考えていた」

「実際の所はどうなんでしょう?」

「すみません、レティスには分かりかねます。

 ただ竜神様に以前伺った所、同様の施設がこの世界には幾つかあるそうです。

 皆様の仰る推測も的を射ているかもしれません。

 さあ、お待たせしました。

 ここが海底ダンジョンの入口、静寂の龍口でございます」


 会話中にも台座は海に潜り続けた結果――

 いつの間にか光は途切れ、周囲は闇。

 暗視スキル持ちの俺は行き先にあるものを凝視する。

 それは龍を模した巨大な海底火山。

 畏敬に満ちた龍の巨大な口に台座は向かっていた。

 この先に一体何が待ち受けているのか?

 期待半分、好奇半分で逸る鼓動。

 自分の中に眠る少年の様に高鳴る想いを俺はそっと宥めるのだった。

 

 


 


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