おっさん、踏み入れる
「ようこそおいで下さいました、勇者様。
静寂の祠へ繋がる龍の宮を司る媛巫女、レティスと申します。
何卒、今後もよしなに」
神殿へ足を踏み入れた俺達を待ち受けていたのは、巫女装束に身を包んだ華奢な少女だった。歳の頃はレイナと変わらない14~15歳くらいだろう。
厳かな神殿に相応しい落ち着いた感じの少女で深々と一礼をしてくる。
俺達も丁重に礼を返すと、自己紹介もそこそこに話を切り出す事にした。
「それでレティス、海底ダンジョンなんだが」
「はい、伯爵様より承っております。
ご安心くださいませ、ガリウス様。
行きはこのレティスが。
帰りは竜神様の使徒が皆様をお運び致します」
「ならば助かる。
ただ……一つ訊いても良いか?」
「何なりと」
「この神殿、セキュリティが甘くはないか?
こんな僻地に君の様な少女だけなんて。
魔神共が狙ってると伯爵も言っていた。
君の警護の為に誰か残した方がいいのではないかと思ったんだが」
「フフフ………」
「? どうしたんだ、レティス?」
「面白いお方ですのね、ガリウス様は。
レティスの様な、はしための身を案じるなんて」
「命に貴賤はないだろう。
純粋に君の事が心配なだけだ」
「フフ、レイナの仰る通りの方ですのね。
どうかご安心くださいな。
この龍の宮は世界を支える竜神様のお膝元。
その加護を存分に受けております。
皆様も己が属性に感謝なさいませ。
ここへ足を踏み入れて良いのは善と中立の戒律の方のみ。
残念ですが悪の戒律や混沌に属する者は足を踏み入れる事すら出来ません」
「なるほど、ここは【禁足地】か」
レティスの言葉に俺は得心がいく。
だがシアは説明不足で納得がいかないのだろう。
黙って俺の交渉を聞いていたが、小首を傾げると不思議そうに訊いてくる。
「おっさん、禁足地って何?」
「ああ、それは属性等によって立ち入る事の可否が問われる特別な場所だ」
「どういう事?」
「神に限らず、精霊や妖精など大いなる存在達は自分の領域を持っている。
規格外の力が世界を歪めてしまう訳だ。
するとそこはその存在が望む世界に塗り替えられる。
俗に【固有領域】とも称されるこれらは、ある程度世界法則に干渉出来るんだ。
例えば自分と相性の良い者だけを招きたいとか……
極端に言うと気に喰わない者にはペナルティを施したいなど。
善【グッド】中立【ニュートラル】悪【イビル】
秩序【ローフル】中庸【ノーマル】混沌【ケイオス】
己が戒律と信条によって俺達は属性【アライメント】が定められる。
禁足地とは一定の制約を科す場所だ。
単純に入る事が出来ないものから、足を踏み入れた瞬間から罰則か呪詛等を負うものまで実に様々だがな。
レティスの話だと、ここ龍宮の禁足事項は悪と混沌に属する者にのみ発揮されるらしい。
善にして中庸【ノーマルグッド】の俺やシア、
善にして秩序【ローフルグッド】のフィー、
中立にして秩序【ローフルニュートラル】のリアは問題ない。
心配だったのはカエデだが昨日の内に属性は訊いておいた。
中立にして中庸【ノーマルニュートラル】だから、ギリギリセーフだな」
「あ、危なかったでござる」
「なるほど。
あ、ルゥは大丈夫だったの!?」
「ルゥは従魔の腕輪の効果でテイミングしただろう?
一般的にテイミングした仲魔は契約者の属性に染まる。
今のルゥはシアと同じ善にして中庸【ノーマルグッド】だ」
「へえ~」
「ん。補足すれば悪魔は文字通り悪、魔神は混沌の軍勢に属するもの。
なので魔神の中には善にして混沌【ケイオスグッド】という存在もいるかもしれないけど……多分、分かり合えない」
「どういう意味?」
「善意でとんでもない事をしでかす可能性がある。
例えば善にして混沌なる魔神にお金持ちになりたい、と話す。
すると魔神は周囲の住民を皆殺しにする恐れがある。
何故だと思う?」
「わ、分からないよ」
「お金を扱う者が一人しかいなくなれば、相対的にお金持ちになるから。
人族の望む形とは違った達成の仕方。
この辺が悪意満載で狡猾だけど、人の欲望を知る悪魔との違い」
「うああ~嫌過ぎる!」
「混沌に属するものとは価値観が共有できない。
彼らの常識は我々の非常識。
だからこそ混沌と呼ばれる。
なのでここが禁足地ならば一先ず安心。
それに【固有領域】は魔術の秘奥、大変興味深い。
矮小な人の身ではこのような高度な結界は施せない」
「ただ、それ故に【禁足地】には様々な制約と力の規制が為されます。
わたくし共、教団における【聖地】然り。
でもこの祠にそのような気配は感じません。
さすがは世界を支えし龍【ナーザドラゴン】、竜神様は偉大ですわ」
「ありがとうございます、フィーナ様。
人々の祈りにより創造神の欠片から紡がれた、想像神シャスティア様を信仰する教団の方々には色々助けられております。
では……そろそろご準備はよろしいでしょうか?
レティスの力にて皆様を静寂の祠までお送り致します」
恭しく尋ねてくるレティスに俺達は迷いなく頷くのだった。




