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おっさん、誤解される


「おお~凄いな、これは!」


 入室した瞬間から包み込んでくる霧状の蒸気に俺は歓声を上げる。

 従来のサウナの熱気とは違い、やや暖かいくらいの低温の蒸気。

 だがそれがレジャーで疲れた身体にやんわり浸みこんでいき非常に心地良い。

 全身を優しく刺激する感触は初めてで思わず童心に返りそうになるくらいだ。

 室内の状況は密閉され一寸先も見通せない闇の中である。

 暗視スキルはあくまで採光機能を向上させるものだ。

 こういった濃密な霧は光を拡散させてしまうので闇夜より昏くスキルを以てしても見通せない。

 なので俺は手探りで席を探ると腰掛ける。

 その時分かったが、周囲を形成する壁も最高品質の白樺の素材。

 さらには噴霧ミストの基準となる水に薬効ハーブを浸しているな、これは。

 漂う微かな芳香は精神を程良くリラックス、ベストな受け入れコンディションへと整えていく。

 うむ、素晴らしい。

 サウナ好きのおっさんとしてはプライベートビーチよりもこっちが嬉しい。

 これから連日別荘の世話になる事を考えたら愉しみが一つ増えた感じだ。

 思わず上機嫌にもなるってものだ。

 俺が今いるのは別荘浴室に設けられたミストサウナの中である。

 ミズキを見送った後、俺はウォルターの勧めもあった風呂場に来た。

 そこにあったのがこれ、ミストサウナの別室である。

 サウナ好きとして話に聞いていたものの、機会に恵まれず今までミストサウナに入った事はなかった。

 では通常のサウナとミストサウナでは何が違うのか?

 この違いは単純で、乾式と湿式のタイプ差になる。

 銭湯等に併設され、ぶわ~と熱い蒸気を上げるのが高温低湿度の乾式タイプ。

 それに対し湿式は温かく細かい霧状のミストを室内に噴霧、充満させ身体全体をまるで膜の様に覆う低温高湿度タイプになる。

 どちらにも一長一短がありどちらが優れているという事はない。

 ただ乾式サウナに比べミストサウナは設置する手間と維持費用が掛かり、民間に普及するのは中々難しい。

 対応する魔導具も無い訳ではないがやはり乾式タイプより遥かに割高だ。

 節制を尊ぶという評判のノービス伯爵。

 だが俺と同じサウナ好きとの評判だ。

 このミストサウナもおそらく彼の趣味なのだろう。

 それにしても――


「いや~このミストサウナは格別だな。

 ここにいるだけで疲れを忘れ、心と身体が癒されていく。

 内装といい設備といい――良い趣味をしている」

「ふむ、褒められて悪い気はしないな」

「なっ!?」


 独り言に対し返答があった事、何より直前まで人の気配がなかった奥からの声に俺は驚愕する。

 暗くて見えないがその声の主はノービス伯爵その人だった。

 向こうにも見えないとは思うが、俺は慌てて居住いを正す。


「こ、これはとんだ御無礼を!

 まさか伯爵がここにいらっしゃるとは知らずに――」

「――ん?

 ああ。構わんぞ、ガリウス。

 サウナは万人に平等。

 俗世のつまらぬ身分や価値観などはこの場で忘れ……

 共にこの快楽を分かち合うべきだ」

「伯爵……」


 気兼ねの無い言葉に俺は声が詰まった。

 さすが伯爵、分かってらっしゃる。

 そう――サウナでは誰しも裸。

 ここでどんなに恰好をつけても締まらないのだ。

 ならば心も身体もオープンにして自分を曝け出す――解放するのが一番だ。

 俺達は語る事も無く無言でミストサウナを堪能する。

 しかしそれはそれで気になったので時間を置いて聞いてみる。


「そういえば、伯爵」

「何だね」

「いつからこちらに?

 先程まで気配を感じなかったのですが……」

「ああ、その事か。

 優れた戦士として突如現れた余に不信を抱くも無理はない」

「はい」

「何、答えは至極簡単でな

 お前も懇意にしているミスカリファに命じて――いつでもこのミストサウナに来る事が出来る転移魔導具を用意させた。

 余はまだ精霊都市で執務中でな、今は一時の気晴らしだ」

「なるほど、そういう経緯ですか」

「それよりガリウスよ」

「何でしょうか?」

「明日からいよいよ探索に赴くとウォルターから話があったが――

 自信の程はどうだ?」

「分かりません。

 先程偶然会いましたが、ミズキ達【悠久なる幻想】――どころかS級パーティでも攻略出来ていないダンジョン――挑むのは不安を覚えます」

「ふむ、正直だな」

「性分でして」

「だが余とS級冒険者ヴィヴィとブルネッロの見立ては節穴ではない。

 お前ならやり遂げられると信じておる」

「有難い言葉です」

「今日はまず英気を養い――明日に備えるがいい」

「はい」

「あとは……

 うむ、上手い言い訳を考える必要もあるな」

「え? それはどういう――」

「さらばだ」


 その言葉を空間に残し、突如消え去る伯爵の気配。

 転移魔導具の力で精霊都市に戻ったのだろう。

 いつでもサウナへ直行できる魔導具か……便利だな、それ。

 金の都合がつくなら俺も欲しい位だ。

 だが、上手い言い訳とはどういう意味だろう?

 疑問に思った俺だが――次の瞬間、すぐに思い知った。


「わあ~これが噂のミストサウナってやつ?」

「ん。低温で霧状の蒸気が充満している」

「でもこの感触は肌に良さそうですわ。

 化粧水にも似た加湿作用を感じますし」

「何せよ健康なのが一番でござるな」

「わん!」

「でもカエデさんて本当に綺麗な肌をしてるね!」

「羨ましい。絹の様な質感は触り心地抜群だった」

「ええ、腐らせておくのが(二重の意味で)勿体ないですわ」

「そんな事はありませぬ。

 皆様もとても素晴らしい武器をお持ちで――」

「や、やあ――

 賑やかだな、お前ら」

「おっさん……」

「ガリウス……」

「ガリウス様……」

「ガリウス殿……」

「わんわん!」


 ガチャガチャ。

 明るい声と共に奥の扉が開き――肌も露わな女性陣が侵入してくる。

 へえ~ミストサウナって出入りの際は霧が晴れるのか。

 外気が入り込むからか視界良好だな、うん。

 ああ、なるほど……

 男風呂と女風呂どちらからでもミストサウナに入れる造りなのか。

 伯爵が言っていた言い訳うんぬんはこの事か。

 一人得心がいった俺は爽やかな笑みを浮かべ立ち上がる。


「じゃあ――そういう事で」


 さりげなさを装い、背を向け立ち去ろうとする俺。

 その肩ががっしりと掴まれる。

 恐る恐る振り返ると――口は確かに笑ってるのに、目は全然笑っていない四人が俺を見つめていた。


「おっさん、これはどういうこと!?」

「見たいなら見たいと素直に言うべき!」

「何でこっそりなんですの!

 もっと堂々としたアプローチを!」


 怒られてるのかなじられてるのか――意味不明な責められ方をされる俺。

 お、俺が悪いのか?

 いや、しかし――

 反論しようとした俺は、一人だけ穏やかな貌で佇むカエデを捉える。

 良かった、感情的にならない人物がいるのは助かるな。


「――すまない、カエデ。

 故意じゃない俺に罪が無い事を共に弁解して――」


 そこで気付く。

 死角になる位置で構えられたカエデの拳。

 そこに膨大な気――魔力とは異なる力が集約されてるのを。


「ガリウス殿の……ぶわかあああああああああああ!!」

「ぬおっ!」


 必死にガードし威力を殺すも衝撃までは吸収出来ない。

 慣性の法則に従いミストサウナを突き抜け更衣室まで吹っ飛ぶ俺。

 積み上げられた桶の山が崩壊し派手な音を立てる。


「だ、誰にも見られた事が無かったのに!

 うわあああああああああん!」

「ああ、よしよし」

「ん。今はただ泣くがいい」

「涙は流せば流すほど心を慰めてくれますわ」

「きゃうん……」

「まあここは野良犬にでも噛まれたと思ってさ」

「そうそう、シアの指摘通り。

 良ければこの胸を貸す」

「……リアの胸では存分に泣けないと思いますの。

 薄いですし」

「今のは貧乳界に対する宣戦布告と受け取った!」


 ああだこうだと騒ぎ立てるあいつらを尻目に――俺はボヤく。

 最近どうにもこういった役どころが多い気がする。

 俺は好色英雄譚の主人公でも幸運助平スキル持ちでも無いのだが。

 多分、年齢詐称薬で若返った影響があるのだろうな。

 どっと全身を襲う疲労感と共に万感の想いを込めて呟く。


「ふ、不幸だ……」


 その声に応じたかの様に棚上から落下した湯桶が俺の頭に落ち――

 カコン、と風情ある響きが浴室に響き渡るのだった。


 


 

 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘のトリッキーさも面白いけど、酒、温泉(サウナも)、食べ物に対する思い入れが熱い作品ですよね。ほんと、好きですよ。
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