おっさん、妄想される
「お帰りなさいませ、皆様」
伯爵の別荘に戻った俺達を惚れ惚れする一礼を以て銀髪の執事が迎えてくれる。
彼の名はウォルター・ドルトムント(35)。
俺と大して変わらぬ年齢だというのに、この別荘の一切を取り仕切っている凄腕のイケメン執事である。
立ち振る舞いに隙はなく――別荘専属のメイドであるクレアさんと併せ陰に日向に客である俺達をもてなしてくれる。
「たっだいま~ウォルターさん!
海、凄く楽しかったよ!」
「お勧め頂き、本当にありがとうございました。
心ゆくまで堪能致しましたわ」
「ん。心も身体もリフレッシュ」
「わん!」
「ああ、何から何まで至れり尽くせりで助かったよ。
こんなに充実した休暇は初めてだ」
「それは重畳。
おや、そちらの方は?」
口々にプライベートビーチの素晴らしさを讃える俺達に微笑むウォルター。
爽やかさでありながら優しい笑顔に感嘆の溜息をもらす女性陣。
イケメンは何をしても様になるな。
しかしそんなウォルターが俺の後ろからコソコソ様子を窺う人影に気付き、声を掛ける。
その人物とは勿論カエデだ。
こういった金の掛かった建物に正面から入るのは初めてなのだろう。
いきなり俺に勝負を挑んできた威勢はどこへいったのか、まるで借りてきた猫のように委縮しビクビクしている。
「せ、拙者は新しくガリウス殿の仲間になった犬神楓と申します。
不束者ですが何卒宜しくお願い申し上げます!」
「これはこれは丁寧な挨拶痛み入ります。
私はノービス伯爵様にお仕えする執事、ウォルターでございます。
この別荘に関わる全ての裁量を主より仰せつかっております。
ガリウス様達は明日よりダンジョン探索に赴くと伺いました。
この別荘を是非拠点としてお使い頂ければ幸いでございます」
「はい、はいいいいいいいいいいいいい!」
イケメンのイケメンによるイケメンな対応にカエデはすっかり目がハートだ。
こんな耐性の無さで果たしてやっていけるのか?
今から不安になってきたぞ。
「そういえばウォルター。
借りてたパラソルなどは何処に運べばいい?」
「ガリウス様、どうぞ私めにお預け下さい。
伯爵のお客様にそのような真似はさせられません」
「そうはいくか。
こんなに楽しませてもらったのは久々だ。
ならばせめて片付けくらいはさせてくれないか?」
「いや、しかし――」
「客人の要望に限りなく応じるのが良い執事じゃないのか?」
「これは一本取られましたね。
それではガリウス様、どうぞこちらに。
荷物置き用の倉庫までご案内致します。
他の皆様はお風呂が沸いておりますのでどうぞそちらに。
身を清めて頂いた後はご夕食になります」
「やった!
ボク、もうお腹がペコペコだったんだよね」
「わんわん!」
「あれだけ食べたのにまだ入るんですの?」
「ん。前衛の食欲はバケモノ。
我々の常識で推し量ってはならない……って、カエデ。
何故ガリウス達の背中にトキメイている?」
「黄昏時の薄暗闇に消えていく渋いおじ様とイケメン執事。
倉庫という密閉空間で触れ合う手と手。
互いの肉体を感じ合い汗ばむ肌と濡れた瞳。
無論、何も起きない筈がなく――」
「カエデさん!」
「ひぅ!
す、すみませぬ。
拙者はお仕えするべき身で何という妄想を……」
「いいえ、違います。
妄想する事を咎めている訳ではありません」
「ふえ?」
「わたくしが指摘したいのは……
妄想はシチュエーションだけでは駄目だという事です。
そこに属性を加えませんと」
「ぞ、属性?」
「はい。
一見、強面の渋いガリウス様。
しかし心許した相手には襲ってほしい……誘い受け。
沈着冷静で礼儀正しいウォルター様。
しかしその裏では言葉で相手を攻め詰める鬼畜ギャルソン。
ほら、こうして属性を付与して見るとまた違った世界が視えませんか?」
「フィーナ様……
いえ、師匠!」
「うふふ。
千里の道も一歩から。
わたくしたちはまだ上り始めたばかりですわ。
この果ての無い腐坂を」
「ああ、何という」
「カエデさん、貴女も腐り帷子を纏う身……
共に貴腐人へと至りましょうね」
「はい! はい! はい!」
跪き、感涙の涙を流すカエデ。
そのカエデに優しく手を差し伸べるフィー
傍から見れば赦しを乞う罪人に対する聖女然とした対応だが内容が内容だ。
俺とウォルターは何も聞かなかった風に、シア達は久々の発作が出たよ、と呆れ顔で呟きながら各々立ち去るのだった。




