おっさん、褒められる
「いっくよ~それっ!」
元気よく叫んだシアが手に抱えたボールを放つ。
蒼いセパレートタイプの水着が声に応じて動き、特徴的なシアのポニーテールを優しく揺らす。
胸部に注目されがちだが、脚線美をしっかり強調するデザインはボーイッシュなシアにある別側面の魅力をよく捉えている。
勇者と呼ばれる様になっても、こういった所はまだ少女らしさを秘めてるな。
「わんわん!」
シアの声に応じるのは同じチームとなったルゥだ。
体毛が暑かったのか今は氷雪狼の姿でなく人型幼女スタイルである。
裸のままで浜辺を駆けようとしたのでさすがに見咎め水着を着せた。
本人は不服そうだが、お子様仕様のピンクのワンピースはルゥを年齢相応に見せており非常に可愛い。
幼女愛好家には決して見せられない程のレベルだ。
「ああ、ほらほら来ましたわ!」
「ん。弾道予測完了。
き、気合いで取る――」
放物線を描いて陣地に飛び込んでくるボールにあたふたする相手チーム。
そこにいるのはフィーとリアの二人だ。
フィーは自分のプロポーションをまるで魅せ付ける様に、際どいデザインの白色タイサイドビキニを着込んでいる。
誰もいないプライベートビーチならではの露出か。
水着に収まりきらない豊満な肢体が揺れ動き、目の毒である。
しかしフィー自身もそういった露出を愉しんでいる節がある様に思えるのは……果たして俺の気のせいなのだろうか? 真相は闇の中だ。
オープンなフィーとは反対にリアは体型を隠すみたいな翠色のタンキニだった。
飾り気のないフリルデザインは身体の要所を隠しリアを地味に装っている。
ただワンポイントとして鮮やかな水色のパレオを巻いており――派手な色合いはないも洒落ていると思う。
きっとリアなりのささやかな主張なのだろう。
うん、確かに似合ってるし洒落てはいるのだが……
やはりどうもこの競技には邪魔のようだ。
腰に巻いている為か足の動きを阻害され思う様に動けていない。
熾烈な戦闘では優れた判断を見せる明晰な頭脳も、こういった穏やかな争いにはどうやら向かないらしい。
三人と一匹が戯れるのをビール片手に観戦する。
皆がしているのは最近流行しているバレーボールと呼ばれる競技だ。
しかし既定の人数はいないしここは浜辺の砂場。
さしずめ名付けるならビーチバレーか。
こういったボール競技の経験はないのに、持ち前の運動神経だけで強行し――楽々とこなせるんだから大したものだ。
まあ純粋な術者であるリアだけが少し遅れを取ってるようだがそこはそれ。
算術系スキルを総動員し何とか喰らい付いてるらしい。
そんな風に白熱するも充実した時間がゆっくり過ぎていく。
うん、そろそろ頃合いだな。
「お~い、そろそろ一休みにしたらどうだ。
美味いジュースがキンキンに冷えてるぞ~」
「あっ飲む飲む!」
「わん!」
「喉がカラカラですわ」
「ん。適度な水分補給は大事」
休憩を呼び掛けた俺の声に一同はゾロゾロとパラソルに遣って来る。
俺はクーラーボックスから程良く冷えたジュースを取り出し皆に渡していく。
オレンジ、グレープ、ピーチにアップル。
色とりどりでフレッシュなジュースは見た目も味も実に爽やかだ。
「くは~生き返るぅ~」
「わう~」
「フフ、シア。
まるでガリウス様みたいですわよ?」
「ん。今のは親父臭かった」
「ええ~~~~。
でも、しょうがないかな。
だっていつもおっさんの事を見てるんだもん」
「あらあら。御馳走様?」
「惚気られてしまった」
「うふふ。
ジュースありがとうね、おっさん」
「別に大したことはしてないさ。
これだって伯爵が用意してくれた物だしな」
「何を言ってるのさ。
ちゃんとボク達を見てるっていう気遣いが嬉しいんだよ」
「同感ですわ」
「ん。皆に同じ」
「そういうものか」
「でも――一つだけいい?」
「なんだ?」
「明るい所でまじまじ見る機会が無かったからだけど……
おっさんの身体ってさ、やっぱ滅茶苦茶鍛え込んでるね」
「――そうか?
前衛職なんて皆同じようなもんだろう?
何ていったって身体が資本のようなものだし」
「ん。ガリウス――
あたしもちょっといい?」
「どうした、リア?」
「最初に述べたその意見には反対。
謙遜も過ぎれば嫌味になる」
「リアの言う通りですわ。
わたくしも回復法術に関わる傍ら、色々な方の肉体を見てきましたけど――
ここまでバキバキに鍛えてる方は中々いらっしゃらないです」
「そう言われてもな……
師匠に言われた日々の日課を毎日忘れずにこなしてるだけなんだがな」
「っていうかおっさん」
「ん――?」
「ボクも以前一緒に取り組んで数時間で挫折したあの地獄のメニューを――
今も毎日こなしてるの?」
「ああ、慣れれば簡単だぞ。
以前は一日5時間かかったセットが最近慣れてきたのか30分を切るし」
「いや、それはおかしい」
「まあガリウス様ですし。
昔から無茶をされるんですから、本当に。
お婆様――大司教様も呆れてましたわよ。
馬鹿につける薬はないって」
「婆さんが? 酷いな」
「どういうこと、フィー?」
「確かに良く見るとガリウスの身体は傷だらけ」
「ああ、二人は知りませんよね。
昔のガリウス様はちょくちょく死に掛けては教会に担ぎ込まれてたんです。
必要以上に頑張ってしまうらしく、おまけに無理無茶無謀の三無主義」
「今の慎重なおっさんからは推測できないんだけど」
「若気の至り?」
「うふふ、そうかもしれませんね。
でも我欲の為じゃなくて常に誰かの為でしたわ。
わたくしたち神に仕える者が扱う法術は誰にでも施す訳ではありません。
然るべき対価の他にその方の魂を観るのです。
その点ガリウス様は問題ございませんでしたわ。
常に民衆第一の方だったので人嫌いのお婆様も珍しく気に入ってましたし」
「婆さんのアレは人嫌いでなく、もはや偏屈だと思うぞ。
それに言われるほど無茶はしてないと思うが――」
「あら、そんなこと仰います?
そこの脇腹の傷とかどう説明するんですの?」
「脇腹の傷?」
「うあ、確かに深い痕がある。
まさかこれって――」
「ええ。一度深々と刺されたんです。
内臓を抉るぐらいグッサリと」
「あれは仕方なく、だな」
「足の速い妖魔を止める為――わざと隙を見せた脇腹を刺さらせて動きを止める。
思いついても実行に移す馬鹿はガリウス様だけだと褒めてらっしゃいましたわ」
「褒めてるのか。それ?」
「あら、絶賛ですわ。
怪我をして動けない村人を守る為とはいえそこまでする。
しかもそれが最善手だと知っていて躊躇がない。
その二つを弁えてるからこそお婆様はガリウス様を気に入ってるのですよ?」
「だといいんだがな」
呆れた目線を向けてくるシアとリアに微笑を浮かべ頷くフィー。
俺はすっかり温くなってしまったビールを苦い気持ちと共に飲み干すと、昼食の準備に取り掛かるのだった。




