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おっさん、迷宮に挑む㉕


「……ウス様。ガリウス様!」

「うっ……」


 魂切る声で必死に俺を呼び起こすフィーの叫び。

 酩酊した後の様に前後不覚になりながら、俺は目を開ける。

 背中を支えてくれるフィーの豊潤な胸の感触と耳元で囁かれる声に、無事現実へと戻ってきた事を認識する。


「気付かれましたか! 良かった!」

「ここは……」


 そこは迷宮主へ続く大扉を開けた広場だった。

 俺達を驚かせた迷宮主たち――レッドドラゴンらの姿は影も形も無く、周囲にはフィーとルゥを除くパーティの面々が倒れ伏している。

 やはり俺が体験したアレら迷宮主達との攻防は幻覚――

 いや、あのレベルはもう一つの現実といっていいだろう。

 俺もまだまだ甘い。

 幾ら俺が不運でも、ダンジョンに住まう迷宮主が複数いる時点で違和感に気付かなくてはならなかった。

 本来有り得ない事態――それはつまり突入前に俺達が描いた仮想の迷宮主の姿を読み取った何者かの仕業に違いない。

 俺が見たヴィヴィやブルネッロ、シア達による激戦も、決して見当外れな幻ではない。今現在の俺達が各自認識しているデータを基に構成された――謂わば、高度なシミュレーター……仮想現実だったのだ。

 恐らくこの広間に入る事が仮想世界へ強制召喚する事に繋がるのだろう。

 順調だった一連の迷宮主討伐の流れに疑問を抱く切っ掛けとなったのは、勝利を確信した際に感じた師匠の言葉と教えだ。

 何事も上手くいっていると思う時こそ注意しろ。

 それはお前が優秀なのではなく敵が設置したレールに乗せられているからだ。

 ならば全てを疑い――全てを欺け、と。

 これを仕掛けた奴の誤算は二つ。

 まず同じ迷宮に住まう階層主であったルゥの存在。

 ダンジョン内に住まうもの同士が相打ちにならない様、おそらくは階層主クラスには効果が及ばない仕様になっていたのだろう。

 そしてもう一つはフィーの存在。

 闇の上位精霊【エレニュクス】の加護を受けたフィーは、闇からの精神防護を授かっている。つまり――いかなる高度な幻覚もフィーを惑わす事は叶わない。

 しかもフィーは状態回復に長じた法術を扱う貴重な癒し手だ。

 高レベルの魔術耐性を持つ俺達が成す術もなく幻覚に陥っていた状況を鑑みるに、イレギュラーな一人と一匹の存在が無ければ抵抗する間もなく全滅していた。


「すまなかったな、フィーにルゥ。

 お陰で何とか……って、どうしたんだ、その手は!?」

「フフ……名誉の負傷ですわ」

「わん!」


 俺の叫びに強がりを見せる笑うフィーとルゥ。

 一人と一匹の腕と前足は醜く焼け爛れケロイド状となっていた。


「何でこんな事に……何らかの攻撃か。

 今までの事を含め説明してくれるか?」

「――ええ、畏まりました。

 作戦会議後にこの広間に入った途端、わたくしとルゥちゃんを除く皆様が急に倒れ伏したのです。【覚醒アウェイク】系の法術を駆使しても全然効果が無いので経過を見てたんですけど……突如何もない空間から溶解液が滲み出して来まして。

 何とかルゥちゃんと一緒に皆様を結界内に引き入れたところだったんです」

「わんわん!」

「それは――苦労を掛けたな。

 大変だったろう、この人数は」

「皆様重いんですもの。

 でもガリウス様に鍛えられたお陰で何とかなりました」

「わん!」

「冒険者は一に体力、ニに体力。

 三四が知力と技量で最後も体力だからな。

 悲鳴を上げていた筋肉トレーニングは無駄じゃなかったみたいだな」

「こんなに筋肉質になってしまって……

 ちゃんと責任、取って下さいね?」

「勿論だ」

「が、ガリウス様!?

 そこは照れるところじゃないんですの?

 真顔で言われますと……わたくしが照れますわ」

「ああ、すまない。

 ただ――事実だからな。

 フィーだけじゃない……シアもリアも俺が幸せにするさ」

「(うはっ……めっちゃカッコいいんですけど。どうしましょう、これ)」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も!

 それで……どうしますの、この状況?

 わたくしにはさっぱり」


 回復法術をルゥと自分に施しながら周囲を見渡すフィー。

 辺りには幸福な寝顔を浮かべ昏倒している面々がいる。


「もお~駄目だよ、おっさん……にゅふふ」

「ん。ガリウス……もっと触ってほしい」

「あらん、ガリウスちゃん。顔に似合わず大胆なのね♪

 アタシ、ドキドキしちゃうわ~」

「ぬうううううううううううううう! 筋肉ぅ!」


 寝言が何だか具体的で嫌過ぎるんだが。

 特に何名かは起こさない方がいい気がしてきた。

 まあ、そういう訳にはいかないか。

 結界で遮ってるとはいえ溶解液が徐々に浸透してきている。

 ネタが割れている以上、さっさと斃してしまおう。


「フィー……

 ここの迷宮主、ダンジョンマスターがどんな敵か分かるか?」

「いいえ。皆目見当もつきません」

「そうか。

 俺も文献からの推測と師匠からの聞きかじりでしか知らないんだが――

 おそらくは龍の亜種【蜃】だ」

「蜃?」

「そう、蜃気楼の語源の基になった奴でな。

 人の願望を読み取り、偽りの幸福の日々へ意識を引き摺り込み捕食する。

 巨大なハマグリとも蛟という霊獣とも憶測される」

「でも――その敵はいったいどこに?

 先程から攻撃を受けてますけど……どこにも見当たりませんわ」

「いるじゃないか、ここに」

「え?」

「この広間自体が奴の胎内――

 つまりここは飛び込んできた獲物を貪り喰らう為の胃袋なのさ」

「そんな!?」

「上手い手だよな。

 現実と比べようがないほどハイレベルな自身の幻覚能力で標的を昏倒させ、抵抗できない様にしてから消化していく。

 普通痛みとかで覚醒するもんだが、対象者がその世界に留まる事を望んだ場合、覚醒出来ずにいつまでも停滞していく。

 限りなく巧妙で厭らしい手だと思う」


 幸福になりたい願望は誰しもある。

 どんな夢も希望も生きる原動力だからだ。

 蜃はそこに巧みに忍び寄る。

 心の深層意識を読み取り――有り得たかもしれない可能性の世界を構築し獲物を捕らえて離さない。

 しかも自身の手は汚さずに、だ。


「どの程度の知能があるかどうか分からないが――凄く狡猾で卑劣だ。

 獲物にとってはそれが救いになるという言い訳すら利用している。

 だからという訳じゃないが、一刻も早く俺はこいつを斃したいと思う」

「ええ、同感です。

 でも視えない敵をどうやって斃すんです?」

「何か勘違いしてないか、フィー」

「え?」

「ここは奴の胎内――

 ならば猛毒を持つ獲物を自ら招き入れた愚かさを奴に味合わせてやる。

 精々派手に暴れてみせるさ」


 退魔刀を抜き放ちスキルを発動。

 ストックされてきた無数の魔術が螺旋を描き渦を巻く。

 遅まきながら俺が何をしようとしたか悟ったのだろう。

 広間が恐れ慄くように揺れ動くが――もう遅い!


「悪役は悪役らしく……最後まで泰然としていろ!

 魔現刃奥義――【夢幻】!」


 魔現刃全属性同時解放による必滅の刃。

 皮肉にも夢と現実を愚弄する奴と同じ名を冠した奥義は奴の胎内を遍く断ち斬り――遠く奥深く仕舞い込まれていた奴の心臓、ダンジョンコアを砕くのだった。

 


 




加筆訂正しました。

次話で第三章完結予定になります。

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